蜂の巣を突っつく場づくり

詩人・草野心平が暮らした「天山文庫」の管理人を務めながら、陶芸家、カフェの店員、地域のプロジェクトのメンバーとして幅広い活動を続ける志賀風夏さんに聞く「場づくり」。

INTERVIEW

志賀 風夏 | 陶芸家、川内村 天山文庫 管理人

蜂の巣を突っつく場づくり

浜通りの中山間部にある川内村。かつて詩人・草野心平が暮らした「天山文庫」は、村のシンボルとして今なお多くの村民、心平のファンたちに愛されています。風夏さんはその管理人を務めながら、陶芸家として、またある時はカフェの店員、地域のプロジェクトのメンバーとして、幅広い活動を続けています。作家でもありアクティビストでもある風夏さんに、地域に必要な「場づくり」とその役割について話を伺ってきました。

取材・構成:小松理虔(ヘキレキ舎)

-先ほど天山文庫を見させて頂きましたが、本当にすばらしいところですね。風夏さんが感じる天山文庫の魅力とは、どのようなものでしょうか。

天山文庫の魅力は、一人の詩人のために村が総出で作ったという、その建てられ方にあると感じています。地方にある文化財というと、その土地の資産家や文豪たちが自ら建てたものが多いのですが、天山文庫は川内の出身でもない心平に居てもらうために村人たちが作ったものです。建具ひとつにも村民の思いが込められている。そんなところに注目してもらいたいですね。

それから、心平は当時の文豪との繋がりが広くありました。天山文庫の発起人には詩人の谷川俊太郎の父である哲学者の谷川鐵三、作家の川端康成が名を連ねていますし、宮沢賢治、中原中也、高村光太郎といった日本を代表する詩人たちとの交流もあって、彼らのファンたちが天山文庫を訪れてくれることも増えてきています。もちろん心平の詩も魅力的ですが、文豪たちとの交流というものも天山文庫の大きな魅力のひとつです。

ですから、私の場合は、心平の詩よりも、そういう心平の人付き合いや、愛され方というか、人との関わりがすばらしくて、こういう建物を村民からプレゼントされる心平さんってどんな人だったんだろうと、そういうところから興味を持ち始めたという感じです。

心平ってとにかく破天荒で、人間としてめちゃくちゃ面白いんですよ。とにかく人が好き。自分が好きな人のためには損得考えないような人です。例えば、宮沢賢治を発掘したのもそうかもしれませんし、自分の本だけでなく、実は高村光太郎や村山槐多らの本も出していたりして、愛した人のために思わず動いてしまう。それがいいですよね。

天山文庫があるのも心平の魅力あってのこと。川内の人って仲良くなるまでにはバリアがすごく強いんですが、そんな川内でこれだけの建物を贈られたわけですから、よほど愛されたのだろうと思います。心平は昭和の終わりに亡くなったので、村の中には心平と会ったことがある方がまだいらっしゃいます。みなさん「あの笑顔が良かったんだ」とおっしゃいます。天山文庫は人と人の関わりの象徴なんだと思います。

かつて心平が暮らした天山文庫。自然が室内に溶け込んでくるようだ
美しい自然に囲まれた天山文庫。訪れたら、じっくりと外を歩いてみてほしい

-もともと天山文庫とはどんな関わりがあったんですか? 

もともと古民家というものにものすごく興味があったんです。私の生まれ育った家も古民家でした。そこで育ってきて思うのは、古民家って使う人がいないとすぐにダメになってしまうということ。人と空気の出入りがないとあっという間に朽ちてしまうし、一旦ダメになってしまうと直すのが難しい。逆にいえば、古民家って人が関わるほど長生きするものだと思うんです。

そういう目線でみると、天山文庫はもっと人が集っていいはずだと感じていましたし、村の職員からも「天山文庫は暗いしジメッとしてて怖い」なんて言われてて、すごく勿体ないなと思ってました。もともと川内生まれですし、以前からいつかは天山文庫で働いてみたいなとは思っていたんです。たまたま前任の方が管理人を辞められて、それで採用につながり、今は、村の嘱託職員というかたちで管理人として働いています。

主な仕事は、お客様に天山文庫を案内することですが、パンフレットを整備したり、SNSの運用を始めたり、発信にも力を入れています。村出身の若い世代が管理人をしているということで注目してくれる方もいて、いろいろな人たちが集まってくれるようになりました。

今では地域づくり系の人たちがきてくれたり、福島大学の授業で天山文庫の場づくりのアイデアを考える授業が生まれたりもしています。あとは、政治家や文化人たちが来村したときに迎賓館のように使われたり、天山文庫を通じて川内の盛り上がりが少しずつ生まれているような気がします。

天山文庫の中には図書館がある。村の「知」が集まる場所だ

-風夏さんがある種「アーティスト・イン・レジデンス」のように、地域をかき回しながら、この場を活性化させている、そういうイメージかもしれませんね。天山文庫以外にも、様々な活動に広がっているようですね。

そうですね、今では地域づくり、コミュニティの再生プロジェクトのようなものにも関わっています。ひとつは、福島大学の天野和彦先生たちと立ち上げた「川内コミュニティ未来プロジェクト」という取り組み。もともとはオルタナティブ教育の場として作られたものですが、今では、川内が好きな人たちが集まって村のプロたちに話を聞きに行って、まずは大人たちが川内の魅力を知ろう的な、ゆるいコミュニティになっています。

今、私が一番やりたいと思っているのは自宅の脇にある古民家の活用です。もともとうちの父が、いわきで壊される予定だったものを買い取り、川内村に移設したものなのですが、昔はコンサートの会場になったり、陶芸の作品を展示するギャラリーとして使われていました。その古民家を、もう一度人の集まる場所にしたいと思ってるんです。

具体的には、川内村に移住してきたり、川内を好きでいてくれる人たちとカフェをやりたいと話しています。川内って、親戚じゃないとお家を貸してくれなかったりとか、住めるかもしれないけどキッチンを自由に使わせてもらえないとか、色々な障害があります。

それに、カフェで独立するのは採算を取るのも難しそうだしハードルが高いですよね。だから、毎日誰かひとりが運営するカフェではなくて、「ちょっとカフェやりたいかも」という人たちが集まって、日替わりで別のスタッフが運営したり、そもそものアイデアを考えるところから使えるような場所を作りたいなと思っています。

カフェって、飲み物や食べ物を楽しむだけではない、いろいろなものと出会う場所ですよね。例えば、両親の器もそうですが、食器だって使ってもらってなんぼというか、口につけてみたり、実際に手に取ってもらわないと、その良さがわかりません。家具や食器や、絵画の作品やお花や、それぞれが思う「いいもの」を持ち寄れるようなカフェできたら面白いですよね。

活動の理念や思想について、風夏さんのアトリエで話を伺った

-商品を提供するだけでなく、そこを人やもの、物語が集まる場所として機能させるというのは、さっき話してくれた天山文庫の話とつながりますね。

そうかもしれません。古民家が使われないということは、そこで起きてきた交流や出会いも喪失してしまうし、そこで送られてきたライフスタイルや、提供されてきた食文化も絶えてしまうということになります。古民家ってその土地の文化の象徴なんだと思うんです。それは天山文庫で働くようになって、より強く感じてきたことでした。

これまでずっと震災復興のあり方を見てきて、新しいものはできるけれど、古くからあるものや生活の知恵みたいなものが失われるスピードが速くなってると感じています。たとえば、草野心平ひとつとっても、心平と仲がよかった人、心平を詳しく知る人が亡くなってしまったり、貴重な話が聞けない時代になってきました。早急にやらないとあれもこれもやばいじゃんと、すごく焦る気持ちがあります。

昔からあるものを継いでいくって、とても面倒じゃないですか。教えて下さいって訪ねて行っても教えてくれるわけじゃない。一から人間関係を作らないといけません。それに、地元の人のほうも「よその人には教えるほどでもない」とか思ってたりしてて、それがまた文化を継いでいくことを難しくしてる。そこに関わりを作っていくことは、川内出身だけど「外もの」の目線もある私のような人間が適任だと思うし、私は、新しいものではなく気づいたらなくなってしまう文化のほうを見ていこうと思っています。

今、多くの地方で、小学校の教育から音楽や美術の時間が削られていると聞きます。川内でも同じで、複数の学校を掛け持ちしてる先生がいたり、専門じゃない先生が音楽や美術を教えているケースもあります。昔私がそうだったように、音楽や美術に関心のある子たちが自分を表現する場が、どんどんなくなってきているんです。体育会系ではない、なんというか「文化部」の代わりになる場所が、地域に求められているような気がします。

自宅兼アトリエの「土志工房」には風夏さんとご両親の作品が展示・販売されている

-川内村出身だからこそ感じる切迫感が風夏さんの背中を押していたんですね。ただ、その切迫感を出せば出すほど、人は関わりにくくなってしまうものですよね。でも、その出会いが「カフェ」だと確かに入りやすいし、想定外の出会いのチャンスが増えますね。美味しい食べ物があれば、それに吸い寄せられる人も多いはずです。

はい。私は最初の入り口を作りたいんです。まず出会う。そのあとは勝手にそれぞれがやればいい。だから私は興味を持つきっかけを作りたいと思っているんです。そこで大事なことは、オタクが喋ることだと思っています。私もそうなんですけど、オタクって好きなことについて聞かれると急にスイッチが入りますよね? 「いや、そこまで詳しい話は大丈夫です」って言われても喋ってしまう。そういう過剰なものこそ私は刺さると思っていて。

だから、自分が愛してるものとか、自分の専門的なこと、川内のことや心平のこと、食事や陶芸、自分の得意なことや興味のあること、そういう自分のなかのオタクらしさを持ち寄れる場所を作りたい。でも、オタクは黙っていたら何も話してくれなくて、こちらから「その話、詳しく聞かせて下さい」って突っつかないと話をしてくれないじゃないですか。だから私の役割は、蜂の巣を突っつくようにオタクたちを刺激することかもしれませんね。

真っ直ぐに伸びる、川内村の農道にて

-蜂の巣の例えはすごくわかりやすいですね! 確かに、それぞれのオタクなものを持ち寄れたら、そこに何より地域性が出てくるはずです。もしかしたら、古民家というのは、地域の色々なオタクたちが集まる「蜂の巣」なのかもしれませんね。

そうですね。天山文庫もオタクが話すとめっちゃ盛り上がりますし、そういう盛り上がりを感じると、やっぱりそれを突っつく人がいなくちゃいけないし、私は一度川内から出て戻ってきた人間なので、村の人に、自分たちの魅力に気づいて欲しいという思いが強いんです。

きれいな田んぼを眺めていると、「なんでそんなに田んぼを眺めてるの」って言われます。「きれいだよ」って返しても「そうなのか」ってそっけない。村の人たちは「こんなところなんもない」っていう人たちが多いし、それは謙遜なのかもしれないけれど、自信を持って続けてもらわなかったら村のいいものがどんどん失われてしまいます。天山文庫だって同じで、放っておいたら朽ち果ててしまうかもしれない。文化全般に言えることだと思います。

なんか、いろいろなことに手を出して、自分がやりたいことも多くて、肩書きもないので「志賀さんって何をしてる人ですか」と不思議がられることもよくありますが、結局、天山文庫で働いていることも、コミュニティに関わったり、カフェをやろうとしていることも、私がやっていることって、一旦は村から出たよそ者として、川内の田んぼってきれいだよっていうことを川内の人たちに伝え続ける、そういうことなんだと思います。

 

プロフィール 志賀 風夏(しが・ふうか)
1994年、川内村生まれ。2012年、福島県立相馬高校時代に大阪芸術大学高校生アートコンペティション受賞。2013年に福島大学人間発達文化学類芸術創造専攻美術学科に入学。また同年に渋谷アツコ・バルーにて個展を開催。2015年には鎌倉市や新宿などで「志賀敏広、風夏合同展」を開催。2017年に川内村に帰村し、現在は天山文庫管理人を務める。