残すことに徹する博物館の役割

「はまなかあいづ文化連携プロジェクト」の中心人物である福島県立博物館の学芸員、川延安直さんへのインタビュー。震災の記憶の風化に抗うために、博物館がやるべきこととは?

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川延 安直さん(福島県立博物館 学芸員)

残すことに徹する博物館の役割

2012年からスタートした、はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトは、福島県立博物館が事務局となり、福島県内のさまざまな団体が連携し合って、震災と原発事故によって生まれた問題解決を文化の面から支援しようというプロジェクト。4年目の今年、改めてプロジェクトには何が求められているのか。同博物館の川延安直さんに話を伺いました。

―すでに4年目に入るプロジェクトですが、なぜ当初から「連携」を掲げて活動してきたのでしょうか。

やはりきっかけは東日本大震災です。ひとつには、県内のあちこちで調査、研究をしている博物館の学芸員たちの蓄積を活かす狙いがありました。もうひとつはやはり連携強化です。震災当初からさまざまな活動が地域の中に自発的に生まれ、多くの団体が福島に入って、たくさんの活動が行われてきました。しかし、私たちの博物館は「福島県立」であるのですが、博物館が会津にあるということもあり、特に私が関わる美術分野では浜通りとの連携がうまくいっていませんでした。アイデアの交換もなかなかうまくいっていなかった・・・。そんな反省もあり、このプロジェクトが生まれたという側面もあります。

当初は、福島県内の連携を図る目的で立ち上げられたプロジェクトですが、それぞれのプログラムに関わってくれた外部のアーティストとの連携は強くなっています。今年は県外でも成果展を行うことができるようになり、夏には長野で、そして冬には静岡で開催されることが決まりました。

静岡での成果展を手伝ってくれることになったのは、アーティストとして私たちのプロジェクトに参加してくれた方なんです。しかも成果展だけではなく、具体的にもっと福島に関わろうという動きになっていて、アーティスト自身が企画して、飯舘村などを視察するツアーも予定されています。県外のアーティストが福島に関心を寄せる機会が生まれている。これは喜ぶべき成果だと考えています。

image-1安達ヶ原の鬼婆伝説を基にした「黒塚発信プロジェクト」の映像撮影。浪江小学校で行われた

image岡部昌生フロッタージュプロジェクト。飯舘村のあるお宅の柏の樹をフロッタージュしている

―これまで3年以上続けられてきました。福島県が抱える問題も、さまざまに局面が変わっています。続けてこられる中で、地域の変化、プロジェクトの変化を感じていることはありますか?

そうですね、震災当初のことを思い出せば、やはり当時はワークショップ的な、まずは心の復興を目指そうという、いわば被災者との触れ合いのプログラムが多かったと思います。しかし現在は、岡部昌生さんのフロッタージュプロジェクトを見てもわかるように、無くなってしまうもの、忘れられてしまうものをいかに残していくか、ということにフォーカスするようになってきました。やはり震災の記憶の風化というのは顕著になってきていると思います。

また、今年から県立博物館で「震災遺産保全プロジェクト」が 別立てで始まりました。こちらは純粋に震災に関わる「もの」を残すほうに集中していて、浜通りの津波被災地や、帰還困難区域の中に入り、震災の記憶を物語るものを徹底して保存していこうというものです。「ものを保存すること」をこちらの保全プロジェクトが進めているので、私たちは記憶や文化など、目に見えないものの保全に力を入れています。

―目には見えないものの保全、についてもう少し詳しくお話し頂けますか?

東日本大震災というのは、思い返してみれば「天災」と呼ぶにはあまりにも多くの喪失がありました。やはり福島第一原子力発電所の爆発事故に起因する膨大な喪失があります。コミュニティそのものが消える、あるいは食文化が消える、そういう問題に直面しています。破壊というと、物理的なものをイメージしますけれども、福島で破壊されているものは、文化や歴史そのものなのではないでしょうか。だからこそ、何とかしたいという思いも強いわけですが。

ただ、そこで生まれたさまざまな問題に対して、アート作品を残すようなアプローチや、ジャーナリスティックに社会構造に対する問題提起をしていくのは私たちの役割ではないと思います。そういうことを得意とするところではありませんから。博物館の得意とする「残す」ということに徹底して、アートの手法を借りて、起きたこと、そして変化したことを記録し、残し続けていきたいと思います。

例えば、昨年はフードコーディネーターの中山晴奈さんと共に、地域の「祝い膳」を取り上げました。放射性物質の影響で、水揚げされていない魚もまだあったり、野山に生えている山菜をなかなか食べられなかったりと、食に関する問題はまだ数多くありますが、食文化の喪失の危機に際して、「祝い膳」という形で、地域の食文化への関心を残す試みができた。残すだけでなく、そこに関わった人たちのつながりも生まれています。こういう取り組みもまた、無形のものを残す取り組みの1つかもしれません。

12182025_834491203315924_806810438_n夢の学び舎プロジェクト豊間言葉の学校「くじびきドローイング」の1コマ

OLYMPUS DIGITAL CAMERAインタビューに応えて頂いた、福島県立博物館の学芸員、川延安直さん

―先ほども紹介のあった岡部昌生さんのフロッタージュプロジェクトは、まさに「残す」ことそのものですね。手応えを感じてらっしゃるのではないですか?

フロッタージュという技法は、表面の凸凹した木や石などの上に紙を乗せ、その紙を鉛筆や色鉛筆、クレヨンなどで擦り凹凸を写し取ることです。これはその対象物に触れないとできません。物理的に残すモノの中には、震災遺産保全プロジェクトがそうであるように、学校に残された備品や曲がった交通標識などもありますが、人間の手には持てない、例えば崩れた防潮堤や打ち上げられたテトラポッドなども、このフロッタージュなら存在の痕跡を残すことができます。

対象物にタッチするということが、より対象が存在したことの証拠性を強めることにもなります。現在国内各地で岡部昌生さんの展覧会が開催され、福島で制作された作品も出品されていますので、ぜひ皆さんに見て頂きたいですね。

極端な言い方になりますが、博物館は「ものが残ってさえいればいい」という考え方です。とにかく残し、次世代に繋げていくということですね。将来の人たちがそのものに価値を見出してくれることもあります。また、その「残す」というのは、過去のものだけではありません。例えば震災4年半を越えた今、福島に暮らす人たちが何をどう思っているのか、常に「今」を残していくことも必要です。

美術家やアーティストが関わる芸術祭やフェスティバルのような華やかな活動ではないかもしれませんが、地味なことをコツコツと残していく取り組みが、福島県の記憶を後世に残していくことに繋がるのだと思います。

 

profile 川延安直(かわのべ・やすなお)
1961年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術学修士修了。
岡山県立美術館を経て、現在福島県立博物館専門学芸員。
「福島芸術計画×ART SUPPORT TOHOKU-TOKYO」や「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」など、
福島県内のさまざまな文化発信活動に携わっている。