他県でも活動できるモデルを作る

いわきで行われているアートプログラムやワークショップを他県でも活用できる形にしたい。そう語るのは、コミュニティ事業にコーディネーターとして関わる会田勝康さん。

会田 勝康さん(コミュニティコーディネーター)

他県でも活動できるモデルを作る

今年も各地で開かれる福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU – TOKYOのワークショップ。津波と原子力災害、ふたつの大きな災害に見舞われた浜通りで開催されるのが、いわき市を中心に繰り広げられる「コミュニティ事業」です。現地とアーティストを繋げるのがコミュニティコーディネーターの会田勝康さん。コーディネーターとして動いていくその中で得られた気づきについて伺いました。

―まずはコミュニティ事業の狙いについて教えて下さい。

いわき市には、原発事故によって住む場所を奪われてしまった双葉郡内の住民のうち、およそ2万人近くの方が暮らしています。震災直後は、住む場所をいかに確保し、バラバラになってしまったコミュニティをどう再生するかが鍵でした。しかし、震災から4年半が過ぎた今、仮設住宅で暮らしてきた方は、いわば「終の住処」にもなりうる復興公営住宅に入居し始めています。

中でも、いわき市小名浜の下神白地区にある復興公営住宅は、双葉郡内のさまざまな町村の方たちが同じ団地に暮らしています。他の地域では自治体ごとに住む団地が異なるパターンが多いのですが、ここの場合は、さまざまなバックボーンを持つ方が集まってきます。

ですから、お互いの違いを超えられるような「1つのものを作る場」を作っていくことが重要だと考えています。つまり、コミュニケーションの場を増やすということですね。そこで、ワークショップでさまざまな経験を持つアーティストのとっくんにお願いして、ワークショップを開催しています。

―一緒に作品を作る、その行為を通してコミュニケーションが生まれると、何となく話しづらいような、何となく気を遣ってしまうような雰囲気が軽減されそうですね。実感を感じることはりますか?

一緒にやっている「みんぷく」さんからの手応えとして、これまではそれぞれが住んでいた双葉郡内の町村ごとに固まってしまっていたけれど、1つのものをみんなで作る中で垣根が取り払われているようだ」という、うれしい反応がありました。芸術の手法を持ち込むことで、集団に1つの課題・題材が与えられ、集団が1つになっていきます。作品を作るにはお互いに協力しないといけませんから、隣の人たちと自然な会話になりますよね。そしてその会話が、「ものをつくる」場から生まれるからこそ、人と人の距離を縮める働きをしてくれます。

こうした「創作を媒介にしたワークショップ」って、無駄を楽しめるのがいいと思います。ついこの間も、90歳近いおばあちゃんが材料で勝手に冠を作ったりしていました。みんなで手を動かして何かを作ってると、楽しい気分になってちょっと脱線したくなったり、遊びたくなるものです。そういう副産物があるということなんです。

特に、アーティストというのは変わった人が多いので(笑)、変な先入観やステレオタイプを持ち込まずに、いい意味で壁を壊してくれるのがいいんです。ただ、問題はさまざまな地域や局面で違うため、さまざまな事前情報を伝えたり、現地の支援団体などと信頼関係を構築したり、コーディネーターとしてやるべきことがたくさんあります。もちろん、その分やりがいを感じてもいますよ。

12036919_900490496703588_4407717724071458728_n完成した立派な七夕飾りは、いわき市平地区の夏の風物詩、七夕祭りで展示された

12064323_10206318049327330_666705516_nワークショップの風景。アーティスト、コーディネーター、支援団体の3者連携で、コミュニティが少しずつ再生していく

―コミュニティ事業のこれからの予定はどのようになっていますか?

まず、いわき市平の七夕祭りに展示する「七夕飾り」を作るワークショップが、今年の夏に終了していまして、これから「ちぎり絵屏風」のプログラムが進んでいきます。この2つは「手で紡ぐコミュニティ」というコンセプトがあり、大型作品をつくることで、住民のコミュニケーションを作る目的があります。

今年はさらに3つ目として「食べて笑うコミュニティ」をテーマに、「おでんプロジェクト」というプログラムも予定しています。これは、椅子や屋台の制作を通じて自室にこもりがちな高齢男性の参加を促し、双葉地区の皆さんと下神白の住民の皆さんのコミュニティ形成を図ろうという狙いがあります。

大型作品を作るというワークショップだと「参加する」ことが大前提になりますし、どうしても温度差が出てきてしまいますが、おでんプロジェクトでは「雰囲気に触れること」だけでも孤独感が和らぐのではないかと感じています。参加しなくても、その場にいること、匂いを嗅ぐこと、笑顔になっている人を見ること、そういうことを通じて一体感を感じてもらえるのではないでしょうか。

ひとつの方向軸だけではなく、時間や技術、いろいろな軸を持っていることが重要だと思います。全然できない人、やれちゃう人、いろいろな人たちが補完しあうような、でこぼこを埋めあうような形を作っていきたいですね。その上では、いかにミクロな視点で快楽を見つけていくかが大事ですね。自分だけでも楽しい瞬間が見つかれば、それが今度は日常に落ちていき、日常の中でコミュニケーションが続いていきますからね。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA気さくにインタビューに応えて頂いた会田さん。いわきのアートシーンに欠かせない1人

―会田さん自身、さまざまなワークショップをコーディネートしてきて経験を積まれたかと思います。それらをふまえた上で、今後の展望を聞かせて下さい。

そうですね、やはり痛感するのは「餅は餅屋」ということ。それぞれが得意な分野で発揮できる環境を作るのがコーディネータの役割だと思います。公営住宅には支援団体の「みんぷく」さんが入って頂き、住民といい関係を築いていますし、アーティストもいいものを作ってくれる。わたしは、現場とアーティストをつなぐために、双方に対する情報のアップデートの役割を徹底していきたいと思っています。

今後は、これだけの事業ですから、引き継いでいかなければ意味がない。モデル化、アーカイブ化していくことを念頭に活動していきたいと思っています。今後、他の地域で災害がいきて、浜通りのように数多くの方が移住を余儀なくされるなどの事態になったとき、私たちの経験を活かさなくちゃいけないですし、色々な場で活用できるように残していくことが最重要課題だと考えています。

でも、引き継ぐうえで重要なのは、ワークショップの形やハード面ではなく、ソフト。ワークショップでの考え方や、地元の人たちの意見や態度の受け方。そういうソフトをモデル化していければ、私たちの取り組みは日本国中の財産になると思うんです。だから、まずは今やっていることを続けていくこと。そして、それらを広く伝えていくこと。ここからは目を背けず、楽しんで続けていければと思っています。

 

profile 会田 勝康(あいた・かつやす)
NPO法人Wunder ground所属のコミュニティコーディネーター。
1982年爆☆誕。92年、砂場から自分の名前が書かれた◯んこパンツが発掘される。違う!それは罠だ!
2001年、クリスマスイブに彼女に振られ、独り新宿を彷徨う。