森の町に生まれた「飛び火」

会津地区を中心に開催された「森のはこ舟アートプロジェクト」特集。アートが生み出す「飛び火」について、三島町コーディネーターの三澤真也さんに話を伺いました。

特別企画「森のはこ舟アートプロジェクト」2015総括インタビュー②

三澤 真也さん(三島エリアコーディネーター) 

森の町に生まれた「飛び火」

会津地区を中心に繰り広げられている「森のはこ舟アートプロジェクト」。2015年の事業を振り返りながら、キーパーソンに話を伺っていく特別企画です。森のはこ舟アートプロジェクトの3エリアのうち、人口1600人あまりと町の規模が最も小さい三島町。古来の知恵が息づく森の町にアートが生み出した「飛び火」について、三澤さんに話を伺いました

アートの通じない町で、アーティストを受け入れる

−−まずは三澤さんのプロジェクトへの関わりから教えて下さい。

三島に移り住んだのが5年くらい前で、森のはこ舟には初年度からエリアコーディネーターとして関わっています。何しろアートが通じないような土地ですから、地域とアーティストの接点づくりからです。初年度からプロジェクト型で5人を受け入れたわけですが、正直実際には5×2くらいの仕事量。アーティストも住民も『ここで何やるの?』って感じでしたからね。

とにかく最初は人と会ってリサーチして、それぞれの集落を巡って話を聞いて、何となくこことここでこんなことができないかな、という形が少しずつ見えてくる、そんなイメージですね。大事なのは、上から押しつけないということ。地域の人たちが何をやりたいのかという意向を汲み取って、その上で『アートを通してお手伝いできることはありませんか?』という立ち位置から、皆さんと接していくことを心がけてきました。出てきたものがアートなのか何なのか、正直よくわからなくなることもありますが、今のところアートと言っていいものができあがったと思っています

−−三島は、周囲の環境から言っても、まさに会津の森の文化が色濃く残るところですね。三澤さんは、どんなところに三島の魅力を感じますか?

三島について語るときに思い出す風景があるんです。5年くらい前に初めてやってきたときに、たまたま町の方とすれ違ったんですが、その方が笠と蓑をかぶっていたんです。こんな地域がまだ日本にあったのかと、あの時は本当に驚きました。

博物館の方に聞くと、笠や蓑を今も実用しているのは奥会津くらいしかないんだそうです。つまり、歴史の中で培われた森の生活文化や自給自足の暮らし、森に対する眼差しが今も息づいているということです。会津の中でも豪雪地帯ですし、その豊かさというのは、もしかしたら厳しさと裏腹のものなのかもしれません。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA作家でもあり三島在住者でもある三澤さん。絶妙なバランス感覚でプロジェクトをコーディネートしている

OLYMPUS DIGITAL CAMERAインタビューはアートプロジェクトの話から地域づくりの話へ

−−今年度印象的だったプログラムを教えて下さい。

印象的だったのは、西会津と共同で行った『幻のレストラン』という企画ですね。EAT & ART TARO さんという方のプロジェクトです。彼は食をテーマにした作品を作るアーティストなんですけど、一番おいしくおにぎりを食べられるシチュエーションを作ろうといって、そのためだけに週末運動会を開いちゃうような作家です。つまりそこに生まれる“場” そのものを作品とするんですね。

もちろん、場といっても会場作成で終わりではない。そこに集まってくる人がどうその空間を楽しみ、最後にどのような場になったのかを見届けないと、そのプロジェクトが本当にアートになっているのかわからないんです。

その意味で、『幻のレストラン』が終わった後の打ち上げはとても印象的でした。住民の中に固まっていたものが氷解して、本当に仲良くなれた気がしましたね。その雰囲気ができてくると『次に何かやろう』という気持ちになれる。私は、そういう『次に飛び火するかどうか』が、プロジェクトの成果だと思います。だから打ち上げになってみないとわからないということなんです。

−−その飛び火によって生まれた熱がネットワークを作り出す原動力になっているのかもしれませんね。今年、三島にはどんなネットワークが新たに生まれましたか?

ライトアートのアーティストで、筑波大学の先生もやられている逢坂卓郎さんとのプロジェクトでは、1年目から筑波大の先生や学生さんが来てくれました。さらに今年は、自動車メーカーの日産の方が入ってきてくれて、日産の電気自動車を借りることができ、その電気自動車のバッテリーに会津若松の風力発電のエネルギーを蓄電して、集落の周りの杉林をライトアップするという企画ができました。学生、学校、そして自治体に企業と、様々なネットワークが生まれてきています。

三島町の人口はこのまま何も策を講じなければ、30年後には500人くらいになってしまうんじゃないかという試算があるんですね。つまり、自力で何とかするという段階ではない。周りの力を借りながらやらなければならない。新しいコミュニティの姿を描いていかないと存続できないということです。

会津では震災後から自然エネルギーの動きが活発になっていますが、三島町だからこそできる『自然エネルギーに拠った暮らし』というものも、おぼろげですが見え始めているような気がします。アートを突破口として、ネットワークやライフスタイル、コミュニティにまで可能性を広げていきたいと思っています。

 

profile 三澤真也(みさわ・しんや)
1979 年、長野県生まれ。長野県立諏訪清陵高校卒、武蔵野美術大学造形表現学部映像学科卒。大学卒業後20代は絵画、映像、パフォーマンスを中心にアート活動を展開。国内外でパフォーマンスアートフェスティバルに多数参加。アート活動の傍ら2年ほど国内外を放浪。その後飛騨高山にある「森林たくみ塾」にて2年間の木工修行を経て、三島町生活工芸館の木工指導員として勤務。現在同三島町にあるNPOわくわく奥会津.COM に勤務しながら、復興アートプロジェクト「森のはこ舟アートプロジェクト」に三島町エリアコーディネーターとして参加。