感受性の蓋を外す美術館を

福島県のアートシーンに新風を吹き込んでいる猪苗代町の「はじまりの美術館」。同館が向き合い続ける「障がい」と「アート」の関係について、岡部兼芳館長にじっくり話を伺った。

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岡部 兼芳さん(はじまりの美術館 館長)

感受性の蓋を外す美術館を

障がいを持つ作家による芸術作品「アールブリュット」の振興に力を入れながら、震災後の福島からの表現を問い続けている「はじまりの美術館」。美術館は、福島のちょうど「へそ」の部分に当たる猪苗代町にある。福島のへそから、美術館は私たちに何を伝えようとしているのか。館長の岡部兼芳さんにお話を伺いました。

—インタビューをお受け頂きありがとうございます。館長はオープン当時から館長としてこの美術館に関わっています。オープンからのことを振り返って、どんなお気持ちですか?

オープン当初から館長としてこの美術館に関わらせてもらっていますが、もともとは、郡山の社会福祉法人「あさか愛育園」で入所施設の支援員をやっていました。比較的支援度の高い方、障害の区分的に「重い」と言われる方たちへの支援です。大学時代も教員になろうと思って経済学部で社会の先生の資格を取ったりしてました。ですからまったくアートの専門ではないんです。

最初はほんと、「分からないから『やろう!』なんて言えたんだな」っていうのが正直なところで、こんなに大変なのがわかってたら手が出せたかどうかわかりません。でもだからこそ勉強になったこともありますし、自分なりにできることをちょっとずつ、という感じでやってきたつもりです。大きな気づきもたくさん得られましたね。

美術館ではありますが、もう一方で「コミュニティスペース」という意味合いも含めてできた美術館です。最初はどうなるかなと思っていたんですが、同じ地域に住んでいながら顔を合わせたことのなかった人たちが、ここでは繋がるというのが興味深いですね。そして今になってそれがぐっと広がっているような気がするんです。

もう1つは、私が専門外だからということもあると思いますが、この美術館で展示しているのは「アート」と言ってしまえば「アート」なんだと思うんですけど、「アートとはこういうものだ」という提示の仕方ではなく、「ああ、これをアートって言ってもいいのか」みたいな、逆の方向で作品を認識できるというか、そういう実感が持てたという意味では、とても面白い場所になったのではないかと思っています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA美術館の中にあるカフェスペース。館長自らおいしいコーヒーで客をもてなす

—会津地区には福島県立博物館があり、それ以外に、各市町村に公立の美術館があります。そうした「公的な」場所とは違う場所を目指してきたことと思います。どういう意識を持って運営されてきたのですか?

ベースが福祉なので、「障がい」という言葉の響きやイメージの転換が図れればいいなということを考えて運営してきました。そしてようやく、その固定的なイメージが崩される最初の入口が広がってきてるのかなって感じがしています。そこで改めて思うのですが、やはり「障がい」と「アート」や「芸術」って似てるなっていうことですね。

どういうことかと言うと、アートも障がいも、本来は私たちの身近にあるものですよね。でも、そこには気づかず、自分とは関係のないものとして認識してしまう。そこには新しい発見や、不便さのなかに隠された革新性や、既存の価値を見直させるような価値がたくさん眠っています。それなのに自分とは関係のないものと思ってしまう。アートも障がいも、そういうところが結構似てるなと思うんです。

だから、それを、ぐっと自分に引き寄せて考えられないと意味がない。最初、「アート」という言葉は「障がい」という言葉に比べてとっつきやすいかなと思ったんです。でも「アート」も意外と敷居が高くて、美術館というと尻込みする人もいたりとか。でも今思うのは、「アート」も「障がい」も、持たれているイメージが崩れてるのを感じますし、崩れた結果、本来の意味に戻っていったらいいなと思っています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA障がいとアートについての関わりについての館長の言葉はとても示唆的だ

OLYMPUS DIGITAL CAMERA一言一言を選ぶように慎重に、しかし的確に言葉を紡いでいく岡部館長

—なるほど。確かに「アート」も「障がい」も、新たな価値に気づくきっかけを与えてくれるものですね。見方を変える、というか。しかし本来の意味が忘れられて、いかにも形式張った見方が染み付いてしまっている。そこに気づくことができるという意味でも、はじまりの美術館の存在意義は大きいと思います。

そうですね、私も、障がい福祉の分野に入ったときには、知らないことばかりでたくさんのことを学びました。自分の固定観念が揺さぶられて、ひっくり返されて、そして豊かになったと思うんです。それなのに、実社会からは遮断されている。これは社会にとって本当に勿体ないことだと思うんです。美術館というと、絵を見ただけでは終わりではなく、そこに色々な気づきがあって、自分の固定観念が揺さぶられます。そして、自分とは別の見え方や考え方に触れたときに、自分の心の受容性が広がるような気がします。

正直言えば、福祉業界に入ることに前々から違和感がありました。福祉って言うと何となく偽善的な響きを感じていたんですよ。ところが、近所にたまたま福祉施設があって、そこに気軽に遊びに行ったりしているうちに、助けてあげるとか、やってあげるという感覚ではないことを知りました。むしろ、自分の成長に繋がるんだと思ったんです。「福祉」という字を分解すると、「福」という字も「祉」という字も、両方「幸せに関わる」意味があるんです。まさに社会の豊かさや幸せに直結する仕事なんだと、ふっと気づけたんです。

何らかの障がいを持った人と接するには、寛容さ、人を思う心、想像する心が必要です。例えば、言葉で自分の気持ちを伝えられない人を前にしたときは、私たちが、その人の目や手つきや雰囲気から類推して、想像していくしかない。そこで、その人自身の心が養われていくんです。本当の意味で障がいがあるのは、どちらなのか。もしかしたら言葉でしかコミュニケーションできない私たちのほうに障がいがあるのかもしれないわけです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERAインタビューが行われたときに会期中だった企画展「絶望でもなく、希望でもなく」の展示。震災後の表現をテーマに作品が展示された 

—確かにおっしゃる通りですね。そして、その受容性や想像する心というのは、原発事故を経験した福島だからこそ、意識して身につけていかなければならないものだと思います。福島にある美術館、ということで意識されることはありますか?

そうですね。もし、社会のなかに、深い受容性や寛容さや人を思う想像力があれば、今のような社会の分断は起きていなかったかもしれませんし、そもそも原発を受け入れていなかったかもしれない。いずれにしても、今私たちが抱えている問題は、社会的な構造を少しずつ変えていかなければ解決できないような深刻な問題ばかりです。そのきっかけが、この美術館から生まれたらいいなとは思います。

この5年、どうしても、言葉と言葉のやり取りが増えていたと思います。ところが、言葉というのはやはり万能ではない。身体の対話というか、文化的な活動を通して体験したことを通じて、思いを共有するような体験が、もっと必要なんだと思います。言葉と言葉のやり取りは効率がいいから、普段の生活では身体の対話は必要とされません。でも、そこに意識して触れることで大きな学びになると感じています。私自身がそうでしたから。

今後は、じわじわと広がってきた輪を、色んなところでリンクさせていきたいと考えています。福祉、アートだけではなく、農業や水産業、生活、暮らし、いろんな切り口で深めていけるといいなと。結局、みんな繋がっているんですよ。町が抱える問題は、表面には個別で出てくるけれど、根っこはつながっている。

福島県自体、原発を抱えているという「障がい」をもっていると言い換えられると思います。福島県はそういう目で見られている。だからその問題や構造を自覚して、どう次に繋げていくのか、どう発信していくのか。時間もかかりますから、畑の土を耕していくように、長期的に取り組んでいきたいですね。

その意味では、やってみたいのは「教育」ですかね。今の子どもたち、もちろん私たちもそうですが、感受性に蓋をしてしまっている部分があると思います。蓋をされているので、自分の頭で考えることが難しくなってしまう。蓋をしないで、外して、感受性を爆発させても許される場所。そういう場所に、この美術館がなっていったらいいですね。今までは受け身で見ているだけだった美術館が、笑いながら、何かを食べながら、何かを創りながら、作品を体感してく。そんな活動がもっと広がっていくといいなぁと思っています。

 

profile 岡部 兼芳(おかべ・たかよし)
1974年郡山出身。福祉作業所の支援員・中学校教員を経て、社会福祉法人安積愛育園に入職。
知的に障がいをもつ利用者の表現活動をサポートする「ウーニコ」に携わる。
2014年からは、福島県猪苗代町に開館した「はじまりの美術館」で館長を務める。