いわきはシルクロードの最果てである

民俗学者、郷土史家として活動を続けている、いわき総合図書館館長の夏井芳徳さんへのインタビュー。いわきが持つ文化の多様性の本質が見えてきました。

いわきはシルクロードの最果てだと話す夏井館長。

夏井 芳徳さん(民俗学者/いわき市立いわき総合図書館 館長)

いわきは「シルクロードの最果て」である

いわき市内各地に伝わる伝統芸能や昔話などを長年にわたって研究している民俗学者の夏井芳徳さん。いわき総合図書館の館長を務める傍ら、地域史や民俗などについての調査、研究、発表などを行い、各地で開催されている地域学講座の講師としても、精力的に活動されています。その夏井さんに伺ったのは、いわきの歴史や文化の底流。夏井さんのお話をお聞きし、いわきの歴史や民俗を紐解いていくと、いわきが持つ文化の多様性や本質が見えてきました。

―いわきの伝統芸能と言えば、「じゃんがら念仏踊り」を思い浮かべる人が多いかもしれません。市内各地に伝承をしている団体があり、夏のお盆になれば、あちこちで哀愁のある鉦の音、そして、太鼓の音が響き渡ります。最近では県外でも披露されることが増え、いわきを代表する伝統芸能としてすっかり定着してきました。いわきの伝統芸能として、「じゃんがら念仏踊り」と双璧を成すのが三匹獅子舞です。いわきの獅子舞は、現在でも市内の40もの地区で行われており、神社の例大祭などで奉納されます。市の無形民俗文化財にも指定されています。まず、夏井さんに伺ったのは、いわきの獅子舞について。夏井さんによれば、獅子舞にこそ、いわきの文化の底流が見て取れると言います。

夏井 いわきの獅子舞は「風流の獅子舞」とも言われます。風流と書いて「ふりゅう」と読みます。風流というのは中世末期頃などに発達した日本古来の伝統芸能の流れを汲む芸能です。よく見られるお正月の神楽獅子(長獅子)などは、2 人以上で1頭の獅子に入り、舞を舞います。この神楽獅子は大陸からの、外来の文化の影響を強く受けていると言われています。これに対して、「風流の獅子舞」は1人の人間が1つの獅子頭をかぶり、舞を舞います。いわきの獅子舞は、この風流の系統の獅子舞、日本のオリジナリティの強い獅子舞です。「風流の獅子舞」が分布しているのは長野県から青森県までの東日本で、西日本には分布していないんです。

日本の文化は、基本的には大陸の影響を受けたものが多くあります。中国とか、朝鮮、さらにはシルクロードの西域の方とか。特に、西日本は影響を強く受けています。「風流の獅子舞」は、そうしたシルクロードの文化や大陸の文化の影響をあまり受けずに発達した、いわば日本のオリジナリティの強い文化の産物です。「風流の獅子舞」が発達したのは、中世以降と言われていますが、西日本はシルクロードの文化や大陸の文化の影響を受けたものが色濃く分布し、風流の獅子舞などは取り入れられなかった。しかし、東日本はそうではなくて、日本のオリジナリティを色濃く持つ「風流の獅子舞」が受け入れられ、それがずっと伝承されてきました。

いわきを代表する伝統芸能「風流の三匹獅子舞」。
いわきを代表する伝統芸能「風流の三匹獅子舞」

夏井 いわきはシルクロードからもっとも遠く離れた地、シルクロードの最果ての地ということができます。シルクロードの文化は北九州のあたりに入り、関西あたりまで伝播し、そこからは京都や大阪を中心に全国に伝わりました。海運を通じて日本海地域に伝わり、日本海経由で太平洋の方まで回り込み、青森県の八戸や岩手県の宮古あたりにまで伝わっています。一方、関西から太平洋経由で、江戸や銚子のあたりにも到達します。しかし、その先はあまり伝播せず、宮城県から福島県、茨城県のあたり地域は、シルクロードの文化の影響をあまり受けていない、言い換えれば、日本古来の、独自の伝統文化が色濃く継承された地だといえます。

東日本では、それぞれの県に「風流の獅子舞」が伝承されていますが、いわきでは1つの市のなかに複数の系統の獅子舞が伝承されていて、このような地域はそう多くはありません。いわきの獅子舞の系統を見ると、太鼓を腰につけて舞うもの、太鼓を腰につけないものなどがあり、いわきの北部では、平地区などの平野部と三和地区などの山間部で系統が違いますし、市の南部だと田人地区が異質な獅子舞の系統を伝えています。1つの市のなかにさまざまな系統の獅子舞がある。これは稀なことです。まさにいわきの文化の多様性、面積の広さの現われです。

おそらく、江戸時代、別々の藩に細分化され、それぞれの藩による支配が行われたことが、こうした状況を作り上げたのではないかと思います。戦国時代には岩城氏という戦国大名が治めていたいわきは江戸時代以降、磐城平藩、湯長谷藩、泉藩など、多くの藩に分かれました。田人地区は棚倉藩でしたし、笠間藩領や多古藩領、幕府領もありました。さらに、周辺地域から文化の影響もあります。田人地区あたりだと、棚倉とか南の方も影響がありますし、三和地区とか川前地区だと中通りからの影響があります。平地区だと、福島県の中通りからの影響は受けず、海沿いの文化、海を伝わってくる文化の影響を受けます。いわきは1つの市でありながら、それぞれの地域は別の、様々な地域の文化の影響を受けてきたわけです。

―バラバラが文化に多様性をもたらす

―いわきはシルクロードの最果ての地である。したがっていわきの獅子舞には、日本古来の文化が残されている。そのような視点で獅子舞を見ると、見え方や価値が変わってくるようにも思えます。さらに、その日本古来の文化に、いわきの「バラバラ」が多様性をもたらしていたということも、重要な視点です。江戸時代の小藩が乱立するという統治体制が、奇しくも文化に豊かさと多様性をもたらしていたということです。では、いわきの伝統芸能のもう片方の雄「じゃんがら念仏踊り」には、そのような特徴はあるのでしょうか。夏井さんに伺うと、「じゃんがら念仏踊り」は「地域の人たちの熱意によって残された」と言います。実は、過去に何度か禁止令が出され、存続の危機に見舞われていたのです。

夏井 いわきに暮らす人たちの熱意によって、主体的に守られてきたものが「じゃんがら念仏踊り」だと言えます。日本のほかの地域でも、過去には「じゃんがら念仏踊り」に類する念仏踊りがありましたが、それらの地域では「じゃんがら念仏踊り」が失われてしまいました。いわきの「じゃんがら念仏踊り」は、江戸時代の初めや明治時代の初め、藩や県から禁じられたこともありました。しかし、いわきの人たちが「じゃんがら念仏踊り」を守り、続けてきた。「じゃんがら念仏踊り」はそういう歴史を持っているんです。

でも、これほどいわきでは有名な「じゃんがら念仏踊り」も、他県ではあまり知られていません。いわきの「じゃんがら念仏踊り」は非常にオリジナリティが強いと言えるかもしれません。他の地域にも念仏踊りはありますが、お経を唱えて、太鼓を叩いて動くといった程度のものが多いんです。また、歌を歌って踊るという盆踊りもありますが、それが「じゃんがら念仏踊り」のように念仏踊りと盆踊りが一緒になっているものは極めて珍しいと思います。「じゃんがら念仏踊り」はそれを伝承している団体が市内には百団体以上あり、それぞれに、少しずつ、踊りやリズムが違います。実に、多様なのです。いわきの文化の多様性のルーツは400年くらい時代を遡らなければ見えてきません。そのくらいまで遡ると、伝統芸能も、伝承も、実に表情豊かなものが見えてきます。

ところが、いわきの歴史というと、常磐炭鉱の歴史など、明治以降の新しい歴史が語られることが多いです。確かに、常磐炭鉱の歴史は重要だと思いますが、いわきのいわきらしさを考え、見つけるには、常磐炭鉱の時代に積み上げられた歴史の地層をめくり取って、江戸時代のいわきを見たり、もっと遡って、関ヶ原の合戦以前の中世のいわきの歴史を見る必要があると思います。

いわきはシルクロードの最果てだと語る夏井館長。
いわきはシルクロードの最果てだと語る夏井館長。

―1つの市であることが個々の文化に「連携」をもたらす

―獅子舞も、「じゃんがら念仏踊り」も、江戸時代、いわきが小藩に分かれ、支配されていたからこそ多様なものになった。しかし、そうであるのならば、今のような「1つの自治体」として存続するよりも、合併前の状態のほうが理想的だということにはならないのでしょうか。それを伺うと、夏井さんはバラバラを抱えてもなお1つの自治体だからこそ、様々なメリットがあると言います。そして、そのメリットは新たな文化の形成にも役に立つはずだとも言います。

夏井 昔話や伝承などの調査を行う時、いわき市内のいろんな地域に出向きますが、同じ市だということで、前置きなしに、比較的簡単に調査に応じてもらえます。また、海とか、山とか、まちとか、いわき市内の多様性に満ちた様々な地域を容易に比較することもできます。もし、田人地区と三和地区が違う自治体だったら、教育委員会に話を通したり、それぞれの地域の研究者などに説明したり、地元の人たちに了解を得なくてはなりません。でも、いわきは一つの自治体ですから、「平から来た」といえば、それで話が通じます。そういうわけですから、山の話と海の話を比較したり、勿来地区の話と平地区の話を結びつけて考えるのも容易です。

別の市町村だと、本当に時間や手間がかかります。例えば、いわき市の勿来地区には、江戸時代、参勤交代の旅の途上、相馬藩の殿様が九面の海を泳いでいたサメに矢を放ったところ、矢がサメの頭に命中。その後、勿来地区を流れる鮫川と平地区を流れる夏井川で、サメから仕返しの攻撃を受けるという昔話が伝えられています。もし、いわき市が合併せずに、平地区と勿来地区が別の市町村のままだったら、私はこの物語に出会っていなかったかもしれません。市町村の合併によって、いわき市が誕生したため、勿来地区の昔話にも容易にアクセスができ、このような昔話を知ることができたのだと思います。

郷土史家として、いわきの多様な歴史を発掘、発信している。
民俗学者として、そして郷土史家として、いわきの多様な歴史を発掘、発信している。

夏井 戦国時代の岩城家や江戸時代の鳥居家の領地は、現在のいわき市の範囲よりも広くて、北は富岡あたり、西は古殿町あたりまでありました。ですから、その当時のいわきのことを調べるためには、双葉郡の南半分、さらには古殿町あたりまでのことを調べ、知識を身につける必要があります。今から50年前に、大きなまち、いわき市が誕生し、そこをフィールドとして、歴史を調べたり、文化の有り様を考えていくのは、豊かな多様性があって、相互を比較することもできて、大変、面白く、興味深いです。いわきという地域はそれぞれの地区ごとに個性やオリジナリティを持っていて、そのようなものがあるために、いわきは面白い、魅力的なものになっているということができると思います。

でも、一つの「いわき」として、一括りにしてしまうと、味気のないものになってしまうのではないでしょうか。自治体としては一つだけれど、勿来や平、四倉などと、それぞれの地区は、それぞれに固有の歴史や文化を持っている、そういうことを尊重し、認め合うことによって、合併のメリットというものが生きてくるのではないでしょうか?

いわき市は1つだ、いわき市全体を理解しようというのはなかなか難しいことです。私だって、小名浜だ、勿来だと言われても、土地勘はあまりないですし、大づかみなことはわかりますが、細かいところまでは知りようもありません。それぞれの地域の人たちが、それぞれの地域のことを知る。そして、次第に、それを拡張していく、そんな考え方でいいのだと思います。小名浜のことに詳しい人、平のことに詳しい人、湯本のことに詳しい人、そういう人に出会ったり、交流したり、情報を共有できる仕組みがあれば、いいのではないかと思います。多様性を認め、それを強みにする、そのような視点が、広域なまち、いわきには大切だと思います。

夏井さんが講師を務める市民講座は大人気。軽妙な話しぶりで、楽しく、いわきの歴史を伝えている。
夏井さんが講師を務める市民講座は大人気。軽妙な話しぶりで、楽しく、いわきの歴史を伝えている。

―人を育てる地域学講座

―確かに、いわきはバラバラだと、いわき市が誕生して50年を迎えた今でも、そのような声を聞くことがあります。一方、震災を契機に、地域での防災や助け合い、支え合いなどが見直され、そのなかで、それぞれの地域を見直し、学習しようと、そのような取り組みも始まりました。その1つが地域学講座。まず、内郷地区で、内郷学講座が始まって、続いて、好間学、常磐学、平学、そして、四倉学、小名浜みなと学など、次々にスタートして、小川学も開講になりました。夏井さんは、このような地域学講座をどのように評価しているのでしょうか。

夏井 今まで、このような市民講座はあまり開かれていませんでした。むしろ、いわき全体をテーマとして扱うような動きが主流でした。でも、大震災の後、それぞれの地域の歴史や成り立ち、魅力、独自性などを発掘し、皆でそれを共有しようという動きが出てきています。これは良いこと、望ましい動きだと思っています。異なるものを持ったものが集まると、さまざまな力を発揮することができますし、それが新たな魅力にもなります。その意味でも、各地で始まった地域学講座は、今後もずっと続けられるべきだと思います。

それから、地域学講座の内容ですが、毎年毎年、新しいテーマ、新しい講座を取り入れる必要はないと思います。大体、3年ぐらいを一つのスパンとして、同じようなことを繰り返してもいいのではないかと思います。いいえ、むしろ、そうすべきなのではないかとも思います。次から次へと新しいことに向かって進んでいくのでははく、何度も、何度も、繰り返し、少しずつ進んでいくことも大切だと思うのです。そのような取り組みを20年、30年とやっていくことで、地域のまちづくりを担う人材や文化活動などを担う人材が育っていくのだと思います。このような取り組みがあって、それを土台にして、いわき市全体のことが進んでいく。そうなれば、広域ないわき市の魅力も発揮されていくことになるのではないでしょうか。今後、このような場をどんどん作っていく必要があると思います

profile 夏井 芳徳(なつい・よしのり)
1959年12月、福島県いわき市平生まれ。1983年3月、京都大学文学部国語学国文学科卒業。
1999年4月、いわき明星大学人文学部現代社会学科非常勤講師。
2014年11月、「石熊村キツネ裁判―『三川タイムス』取材ノート」で第67 回福島県文学賞(小説・ドラマ部門)正賞受賞。
2015年4月、いわき明星大学客員教授。いわき地域学会副代表幹事、いわき総合図書館館長。