価値を生み出せなければ多様性は守れない

話を伺ったのは「アクアマリンふくしま」の獣医、富原聖一さん。いわきの海の多様性を守るために私たちが心がけるべきものとは? 富原さんの言葉から探りました。

富原 聖一さん(獣医/アクアマリンふくしま・アクアマリンふくしま環境研究所)

価値を生み出せなければ多様性は守れない

暖流と寒流がぶつかり合い、全国有数の漁場として知られる常磐沖。いわきの海の多様性を語る上で欠かすことのできない場所です。2つの海流がぶつかり合うことから「潮目の海」とも呼ばれる常磐沖。その海を展示物として再現しているのが、水族館「アクアマリンふくしま」です。同水族館で様々な活動をしている獣医の富原聖一さんに、いわきの海の多様性や豊かさについて話を伺いました。海の豊かさ、多様性を守るために、わたしたちが心がけるべきものとは?

―いわき市小名浜の「アクアマリンふくしま」。水族館として、また、いわきを代表する観光地として、多くの観覧客を受け入れている水族館です。海獣や魚の展示だけでなく、魚に直接触れることのできるタッチプールや釣り堀、子どもたちへの体験プログラムなども充実しており、食育の場としても知られるようになりました。

最近でも、メイン展示の前でお寿司が食べられるという企画が注目を浴びています。アクアマリンふくしまのメイン展示が、暖流の海と寒流の海、2つの海を展示した「潮目の海」。地元の海である常磐沖の海を再現した展示です。暖流側では大量のイワシが渦をつくり、その周囲をものすごいスピードでカツオが回遊しています。かたや寒流側では、岩場に隠れたメバル、ゆったりと泳ぐマダラなど、冷たい海域の様子が再現されています。また、2つの水槽の間に作られた三角形の通路も、水族館のシンボルとして多くの人たちの目を楽しませてきました。

富原さんの担当は、傷ついた海に棲む野生動物や野鳥の保護をする仕事。オットセイ、イルカ、あるいは渡り鳥など、福島県内で発見された鳥獣を捕獲し、病気やケガなどに対する処置を施したあとで、自然に戻すというものです。なかでもよく保護されるのがオットセイ。暖かな気候で知られるいわきでオットセイというと意外に思われる人も多いかもしれませんが、いわきの海では、よく見られるそうです。

富原 今もオットセイを1頭保護しています。2017年の1月22日に勿来の火力発電所の砂浜に打ち上がっていたのを保護しました。右目が潰れて衰弱していました。おそらく、目の傷から病気になったんでしょう。抗生剤を与えたところ回復したようで、その日のうちにエサを食べていました。今はだいぶ太ってきましたね。プールで泳がせて魚を獲らせてみたら、ほぼ百発百中でした。もう放しても大丈夫だろうと考えています。

オットセイは基本的に北国の海に生息する動物です。ですからいわきの海も北国の海に属するということです。オットセイは親潮に乗って餌を追いながら南に下ってきます。餌がないところにはやってきません。つまり、いわきの海は、オットセイが食べるような魚がたくさん生息している海域だということになります。特に大好きなのがタラです。タラの魚群が南下すると、それを追ってやって来るんです。常磐沖を含む三陸沖は、世界三大漁場の1つです。寒流と暖流がぶつかり合い、プランクトンが大発生するので、それを餌にする魚たちがたくさん集まります。当然、魚を餌にする海獣やクジラなどもやってきます。

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保護中のイルカをバックヤードツアー中の方に解説する富原さん。

人間も同じですね。この潮目の海の魚を獲るために、三陸から常磐、千葉沿岸の港では遠洋漁業が盛んに行われてきました。小名浜港もそうです。サバとかイワシ、サンマなどといった魚が巻き網漁でたくさん水揚げされました。サンマといえば、いわきはサンマのみりん干しの発祥の地です。実は、私の出身である大阪の人たちはよくみりん干しを食べるんですよ。硬くてガリガリのヤツが人気で、小名浜産のものも結構あります。大阪向けにわざと硬めに作ってあるんでしょうね。私もよく食べていましたよ。サンマは、常磐沖の漁業の豊かさを象徴する魚の1つですね。

普通の魚、だからこそ

―大小さまざまな港を持ち、漁業が盛んないわき市。富原さんの言うように、サンマはいわきを代表する魚の1つです。かつては全国有数の水揚げ量を誇り、サンマのポーポー焼きやみりん干しといった独自の食文化を形作ってきました。アクアマリンふくしまでも、開館当時は全国初の「サンマの展示」が話題になりました。イルカやマンボウやクジラなど、水族館のアイコンになりそうな動物ではなく、敢えてサンマを展示した理由は、どこにあったのでしょうか。

富原 この水族館を作る時に何か目玉が欲しいという話になったんですが、イルカやマンボウじゃつまらないと。それで、サンマの水揚げがかつて日本一になっていたこともあったので、サンマの水族館を始めようということになったという経緯があります。ただ、大前提としては、普通の魚がどうなっているかって実はあまり知られていないので、それを知ってもらいたいというのが一番先にありました。

普通の魚だからといって飼育しやすい魚というわけではありません。サンマを展示するためには、卵から獲って育てなければないけないんです。だから当初は「卵から育てる水族館」というキャッチフレーズでPRしていました。そこには、資源を大事にしようというメッセージも込められていました。水槽内で産卵させ、稚魚を育て、環境に圧力をかけないような水族館の展示方法を模索しようじゃないかというわけです。資源保護を念頭においた展示は、今でこそ全国の動物園や水族館が模索していますが、それを先取りしていたのがアクアマリンだったんです。

来年度は、もう一度サンマに力を入れる予定です。サンマって、たくさんの人が食べているわりに、生態についてはあまりよく知られていません。それをもっと知らせていきたいという、いわば原点に立ち戻るということでしょうか。サンマの寿命を知ってますか? 1年とか2年なんですよ。寿命が1年から2年の魚を、常に大きいまま展示するのはとても難しいんですが、来年度はそのあたりをうまく改善できれば良いなと思っています。

多様性は守ろうとしなければ維持できないものだという富原さん。
多様性は守ろうとしなければ維持できないものだという富原さん。

いわきはサンマやカツオの水揚げがあるので、地元にいると食べられて当たり前という感覚があると思いますが、当たり前のものをちゃんと守ろうという意識を持たなければならないと思います。当たり前じゃないもの、特別なものを守ろうとしてしまいがちですが、本当は当たり前のものを守ろうとしなければいけないはずなんです。

当たり前のものって、なくなったら困るものだからです。たまたま福島に魚の群れがドンと入ってきてたくさん穫れてるよ、という魚より、昔からたくさんいる福島のものを大切にするというのが重要です。なぜならそれが地域の多様性を守ることにも繋がるからです。地域特有なものを守っていくことが、地方の自立や独立に繋がっていきます。全国どこでも同じようなことをやっていたらダメなんです。その意味では、色々な魚が獲れる常磐沖の海があるというのは、いわきの武器だと思いますし独自性にも繋がります。生物や食の多様性にも寄与するはずです。

多様性は守ろうとしなければ守れない

―確かに、いわきの海は豊かだったかもしれません。しかし、震災前から、水揚げ量の減少や単価の低下が叫ばれていました。漁業資源は「有限」のもの。獲り尽くしてしまえば、あっという間に資源は枯渇してしまうのです。いかに漁業資源を保護しながら魚を獲っていくのか。富原さんは、単に資源保護を叫ぶのではなく、魚のことを知り、価値を高めていくことが重要だと語ります。

富原 小名浜でもよく「昔はよかった」なんて話は聞きます。北洋漁業の時代ですよね。北洋で非常に潤っていた時代に200カイリ問題ができて、その海域で獲れなくなってしまった。そこから衰退が始まったわけですね。そこから抜け出さないといけないと思う一方、正直なところ、それを見つめ直すのが遅すぎた気がします。ただ、震災がいいきっかけになる可能性もあります。

月に一度、市内の民間の調査チームと合同で福島県沖の海洋調査をしています。その調査でも強く実感するところですが、やっぱり魚って穫らなかったら増えるんですよ。サイズも大きいものが出回るようになりましたよね。ヒラメにしてもヤナギガレイにしても、今まではそんないいモノ見たことないぞって、そういう形のいいものが入るようになってきました。それを守っていく必要があると思います。

アクアマリンでも資源管理についての啓発が行われてます。「ハッピーオーシャン」という名前なのですが、資源管理の観点から「穫っていい魚」とか「たくさん食べていい魚」とかを決めて、消費者の側から漁師さんに訴えかけるという取り組みです。潮目の大水槽の前の寿司カウンターで提供される寿司のネタも、充分に資源がある魚種を選んで提供しています。単においしい寿司を食べようっていうわけじゃないんです。資源の多様性や豊かさを守るためには、魚の価値を高める必要があります。

月に一度行われる海洋調査。福島第一原発前で行われている。
月に一度行われる海洋調査。福島第一原発前で行われている。

価値のない魚だと思われていると値がつかないので簡単に廃棄されてしまったりするんです。だから、おいしいかとか、高く売れるかとか、価値に気づくことが最初の一歩になります。いわきでは「メヒカリ」でそれに成功しています。メヒカリに価値がある町になったので、他県産のメヒカリを持ってきても売れるようになりました。メヒカリが産業として守られているからこそ、資源を守ろうという意識が生まれるわけです。

正直なところ、いわきでは、あまり魚の資源管理には目が向けられてきませんでした。言い換えれば、魚の価値を高められていなかったということです。価値が認められないと安く買い叩かれます。すると、安さをカバーするために量を獲らなければいけなくなり、資源が枯渇してしまうわけです。魚を味わって、価値を知って共有する場がもっとあれば、魚の価値も高まり、資源管理への関心も湧くはずです。それには経済活動を回していくことが必要なんですね。

価値を高めなければ文化を残すことはできない

―いわきが誇る漁業資源の豊かさや多様性。それは「勝手に」もたらされるわけではなく、人間と自然の「バランス」が保たれて初めて享受できるものなのかもしれません。そのためにも、価値に気づき、その価値を守ろうとしなければならない。富原さんが語る言葉には、自然や生物、そして文化と関わる人としての責任と矜持がありました。

富原 僕の考えは、基本的にすべての自然は人間が手を加えるべきだという考えです。ここまで人間の活動が大きくなったからには、イノシシにしろ、クジラにしろ、人間の活動から離れられる野生動物はほとんどいません。人間が手を加えることで維持していく必要があります。そこで重要なのはバランスです。増やせ増やせとやってしまうと、増えた動物の代わりに何か別の動物が減ってしまったり。バランスを見てあげなければいけません。そのバランスは、人間でないと管理できないんです。

魚のバランスで言えば、漁師さんの数もそうですね。今は徐々に徐々に漁師さんが減っています。漁師が減ると魚は増えるはずなんです。でも頑張って漁業を振興すればするほど漁師さんが増え、その結果魚を穫り尽くしてしまうと、みんなの首をしめてしまう。今はそういう状況になっているんじゃないかなと思っています。もっと総括的に資源量を考えながら魚を穫っていかないと、資源は回復していきません。エサの生物も私たちが食べるおいしい魚も無限の資源ではないんです。生物の多様性を守っていくためには、人間の力が必要なんです。

一方、同じ多様性でも、文化や食の多様性という意味で言えば、時代によって消えてしまうものもあります。今では食べられなくなったものとか、着られなくなったものとかはたくさんありますよね。人の手で作るものですから、当然消えていくものは消えていきます。でも、消えないものもありますよね。消してしまったら勿体ない、価値があるんだと思われるものだからです。地域の武器になる、観光の資源になる、そういう利用価値があれば、文化は守られるということかもしれませんね。結局、自然環境も文化も、人間が守っていくものだということです。消したくないというものがあったら、価値を高めて、その価値を多くの人が共有できるようにしなければなりません。

例えば、いわきには多様性があると言っても、その価値が認められなければ忘れられてしまいます。文化やルールというのは時代によって変わっていきますし、進化というのは淘汰と隣り合わせです。厳しい淘汰に耐えられる文化が、結局は最後に残っていく。そうするためにも、いわきの文化の価値を自分たちで認め、高めていかなければなりません。アクアマリンも、そのための場所になっていきたいと思っています。

 

profile 富原 聖一(とみはら・せいいち)
1973年大阪生まれ。日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)獣医学科卒。
1999年から福島県いわき市小名浜にある水族館「アクアマリンふくしま」にて獣医師として勤務。
専門は魚病学、鳥獣保護。公認釣りインストラクターでもある。
現在はアクアマリン環境研究所にて放射線対策を担当。