アートプロジェクトの「目的」と「結末」

柳津町で繰り広げてきた「福島こども芸術計画」。企画に関わった同美術館学芸補助員の幣島正彦さんに、企画について、そして中山間地域の文化事業について語って頂きました。

INTERVIEW

幣島 正彦さん(画家/やないづ町立斎藤清美術館学芸補助員)

アートプロジェクトの「目的」と「結末」

福島藝術計画×ASTTが今年、柳津町で繰り広げてきた「福島こども芸術計画」。イラストレーターの小池アミイゴさんを講師に迎え、「わたしの好きな柳津」と題して、地域の子供たちと美術作品を制作するワークショップを行ってきました。企画に関わったスタッフの一人が、同美術館で学芸補助の担当島正彦さん。一昨年、柳津町の隣にある三島町に移住し、美術館の学芸補助として様々な企画に関わっています。画家としても活動する島さんに、この企画や中山間地域での文化事業はどのように映っているのでしょうか。お話を伺いました。

小池アミイゴさんを講師に迎えたワークショップもいよいよ成果展です。改めてワークショップ全体を振り返って頂きつつ、島さんの得た収穫などがあれば教えてください。

:この企画は、斎藤清美術館からアミイゴさんにお願いをして企画されたというわけではなく、もともとは福島県立博物館から「子供たちを対象にしたワークショップを開催したい」という相談があって、そこから始まった企画です。ただ、子どもを対象にした企画ということ以外に特に縛りはなく、とても自由の利く企画だったので、まずはとにかくやってみようということで始まりました。事前に目的や成果などを明確に決めなかったことで、新鮮な気づきが多く、おもしろい企画になったと思います。

今まで美術館で行われた子ども向けワークショップは、全てではないですが講師と参加者の関係性の中で教える/教えられるという立場が明確なものが多い印象でした。一方、アミイゴさんのワークショップはその立場が崩れていて、子どもたちよりもむしろ大人が戸惑っているというのが実際に参加している立場からみて面白かったですね。ワークショップ中、大人たちは良かれと思って「こういう風に描いたら?」と誘導したり、「こんな感じで描こうよ」などと介入したりしてしまうんですが、アミイゴさんが「そういうのはやめて下さい」と、大人の介入を止めてしまうんです。

それから、アミイゴさんは子どもたちに対してはとにかく褒めていました。これはどういう意図があるの? なんて聞くこともせず、とにかく、その色、形がいいね、かっこいいねかわいいねなど終始褒めることをやめませんでした。それを見ている大人たちのなかには、アミイゴさんのやり方に戸惑っている人もいたと思いますが、それも含めて価値の転倒が起こった現場の雰囲気になっているというか。介入を止められて、最初は戸惑っていた大人たちも子どもたちと一緒になって絵を描いてたりして、いろいろなものがごちゃまぜになって展開してい、立場がフラットになっていくところがとても印象的でした。

普段は学芸補助員として働く幣島さん。画家でもいらっしゃる。

地方での芸術のワークショップというと、なかなか人が集まらないと想像してしまうのですが、今回ワークショップにはかなりの数の子どもが参加したと伺っています。参加していた子供たちはどうやって集められたんですか?

幣島:子供たちは、柳津の公民館に集まってくる、いわゆる学童の子たちが中心になっています。実は、アミイゴさんの話がある前から、斎藤清美術館をいかに地域に開かれた美術館にしていくかという模索が始まりまして、まず地元子どもたちがよく利用する公民館とのつながりを作ろうということで、昨年から美術館と公民館との連携が始まり、ゆるやかに関係性を築きあげていく中でアミイゴさんの企画が持ち上がったというかたちです。

斎藤清美術館というのは、その名の通り、画家の斎藤清個人の名前を冠する美術館ですので、当然、斎藤清の作品をメインに展示やイベントの企画をしてきました。しかし、数年前から、客足の伸び悩みや、町立の美術館の役割などを考慮して、もっと地域に開かれた美術館にしていく方向で運営することになり、様々な取り組みを進めてきました。

そういう方向転換の中で私も採用されまして、学芸補助という立場で関わらせて頂いていますが、仕事はいろいろとやらせていただいています。小さな美術館ですし、展示だけでなく各種イベントの企画、地域の人との連絡業務などもやらせていただいています大学で絵を学んでいたこともあって、美術館内のスペースをしばらくお借りして制作させて頂いたこともありました

学芸補助の仕事は多岐にわたる。試行錯誤の連続だ。

都市部では美術やアートのイベントも盛んですが、柳津のような中山間地域だと人口も少なく、文化事業の立案や企画にあたって苦労が多いのではないですか?

幣島:そうですね、柳津に来て1年半になりますが、やはりいろいろネガティブな発見も多かったです。そもそも、ここに来る前は大学院で油絵を専攻していて、地域の皆さんとはもちろん、他人と企画を作るという経験がほとんどありませんでした。これが初めての仕事ですし。また、私の移住と、斎藤清美術館が地域に開かれた美術館を模索し始めた時期と重なるので、美術館も私も両方とも試行錯誤というような感じで、戸惑うことも正直多くありました。

例えば、何かイベントをやるとして、何を評価にすべきか、何をゴールにするかということが決まらないままイベントが行われたり、既存の観光事業と同じように「何人お客さんが来たか」ということだけが評価の対象になったり、何をもって事業を評価するのか、地元に何を残したいのかということについて認識をすり合わせることに困難がありました。

お客を呼ぶために、作品や地域とじっくりと向き合うということよりも、観覧する人にインパクトを与える、見た目にもわかりやすいものが用いられたりします。昨年10月には斎藤清美術館の開館20周年の関連企画が多くあったのですが、やはりインパクト重視の企画という面が否めず、お客さんには多く来て頂けて嬉しく思う反面、個人的には、話題性があったり、わかりやすいものでないと人は集まらないのかなと少し寂しく思う面もあります。

地域における芸術、文化事業の問題点を率直に語って頂きました。

確かに、島さんがいうように、多くの地方でいわゆる「地域アート」がもてはやされ、社会課題の解決のため、様々な文化事業が行われていますが、達成されるべき成果や目的が初めから設定されているものが多いですね。

幣島:文化事業や芸術、何が成果になり、どのような結果が生まれるか分からないということに魅力があり、可能性もあるのだと思いますが、自治体の事業となると、やはり得られるべき成果や目的が事前に決まっていないといけませんから。そのあたりの矛盾が絶えず付きまとうことになります。

初めから何かの結末を想定して、それに沿うように運営していくのではなくて、結果として何かが生まれる、ということもひとつの芸術のかたちなのだと思います。ところが、現状は、結果的にもたらされるものが初めから企画の段階でこうあるべきと書かれてしまっていて、手段と目的が転倒しているんじゃないかと感じる企画も少なくありません。準備期間やリサーチの期間も満足にないものもあります。だからこそわかりやすくなったり、インパクト重視のものになってしまうのだとは思いますが。

福島に来てから、やはり地域のアートプロジェクトが多盛んだなという印象がありますが、個人的には懐疑的になってしまうところもあって。芸術、最終的な帰結がどうなるか分からないものだと思いますし、想定していたものとは別に物事が進んで、違うベクトルから何かがもたらされたり、継承とは違う形で散布されて何かが受け継がれるということもあると思います。もちろん、時には言葉に偏重して考えることも重要だと思いますが、先に何かを狙いすぎては、偶然性や余白のような遊びの部分小さくなっていくような気がしますしかし、そういった間隙にこそ芸術があるんじゃないかと考えています。

地域に開かれた美術館になれるか。真価が問われる斎藤清美術館。

よくわかります。自治体が運営するような施設の企画だからこそ、最初からある程度の方向性が決まっていないと予算も執行できないでしょうし、そこからズレることが悪とされてしまう。でも芸術ってそもそもそういう思惑を外れていくところに醍醐味があるものですよね。

幣島:その意味でいうと、今回印象的だったのが、アミイゴさんが「子供たちが絵を描かなくても幸せならそれでいいじゃないの?話をしていたことですね。全く美術に偏向せず、いくらでもそのバランスが変わっていけるような感じがとても良かったんです。大事な視点を改めて確認することができました。

そこで得たものを、いかにこの場所にまた展開していくのか。初めから何かの答えや目的を明確に意識するというだけではなく、試行錯誤を繰り返しながら、斎藤清美術館の役割や今後の展開を考えていきたいと思います。成果展にも、ぜひみなさんお越しください。

 

小池アミイゴの誰でも絵が描けるワークショップ成果展 わたしのすきな柳津

 

プロフィール 幣島正彦(へいじま・まさひこ)
1991年大分県生まれ。2016年筑波大学大学院 博士前期課程 人間総合科学研究科 芸術専攻 修了。
2016年6月より やないづ町立斎藤清美術館 で臨時職員として勤務。