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INTERVIEWmanaviva

北山 剛さん(NPO法人ソーシャルデザインワークス 代表理事)

文化芸術の力で地域を「ごちゃまぜ」に

今回は「文化の対象はどこまで広がっているのか」をテーマに、実際に文化の力を異業種に活用している人たちの実例を紹介します。お話を伺ったのは、いわき市と兵庫県西宮市で障害のある方への障害福祉サービス事業所を運営する傍ら、地域で様々な文化イベントを主催している、NPO法人ソーシャルデザインワークスの北山剛さん。障害福祉ならではのメソッドや地域づくりの話など、とても興味深いお話を伺うことができました。

―いわき市内郷に事務所を構えるソーシャルデザインワークスは、2013年に障害者の就労を支援する株式会社として誕生しました。 いわき市内郷にある障害福祉サー ビス事業所「ソーシャルスクエア」 を運営し、様々なカリキュラムを提供したり企業に掛け合ったりと、 障害のある人たちの就労をサポートしています。

会社の発足以降、 順調に成長してきた北山さんたちですが、障害福祉事業だけでなく 地域づくり事業を積極的に展開していくために、今年からNPO法人として再スタート。地域の「福祉力」を向上させるための様々な 取り組みをしています。北山さんたちが展開する活動の 1つが「ごちゃまぜ」というコンセプトを掲げたイベント。老若男女関係なく、みんなが一緒になっ て体を動かしたり、音楽を楽しん だりすることを通じて、国籍や性 別、年齢、宗教や障害の有無に関係 なく「ごちゃまぜ」な世界観を楽しんでもらうというものです。

直近のイベントでは、沖縄の伝統芸能「エイサー」で使われる「パーランク」という打楽器を作るワークショップを開催。東京の音大生や美大生なども協力し、 地域の人たちが「ごちゃまぜ」になって、打楽器作りや即興演奏を楽しみました。イベントの様子は、まるでアーティストを招いたワークショップそのもの。北山さんは、文化や芸術をどのように福祉に活かしているのでしょうか。

北山 福祉の業界で文化芸術をテーマにしたイベ ントを展開するのは、文化芸術に、日常生活の中で はなかなか刺激することのできない感性の部分に 訴える力があるからです。もっと簡単に言えば世界を広げる力があるということでしょうか。支援を受ける側、つまり障害のある方の世界を広げてくれるだけでなく、支援する側、僕たちスタッフの世界も広げてくれるんです。

様々な障害が原因で、自信を持てなかったり社会との接点を遮断してしまった方たちが、楽器やスポー ツなどに触れた途端に、日常では見せなかった新たな一面を見せてくれることがあります。それが大 事なんです。なぜなら、新たな一面を知ることで支 援の手法が変わってくるからです。この人にはこんな一面があったのか、この人にはこんな才能があっ たのかと新しい発見があると、それに合わせてカリキュラムを考え直したり、その方にかける言葉が変わったりするんです。つまり、文化芸術に関わることで新たな一面が見つかり、提供できる福祉の 質が上がるということです。

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いわき市内の寺院で開催されたパーランクのワークショップの模様。

それにもうひとつ。今、障害とアートというと「アールブリュット」という言葉がよく聞かれる ようになりました。それ自体、とてもすばらしい 取り組みだと思います。しかし、知的障害があって、 絵がとても個性的で、といった文脈が一人歩きしているような気がしています。そうでない人たちの表現はどうなるでしょう。本来は障害の有る無し、障害の種類に関わりなく、すべての人たちの表 現が受け入れられる場があって欲しいなと思うし、 それを作っていきたいと思っています。

そのような場づくりは、支援する側にもメリットがあります。僕たち障害福祉の業界では、障害のある方にとっての社会の接点が僕らしかないという場合が少なくありません。ですから、サービスを提供する側の世界を広げていくことが、障害のある方の世界を広げることにもなるんです。私たちが狭い世界しか知らないと、そういうサービスになってしまうということなんですね。私たちが文化芸術のイベントを企画するのは、より充実した福祉を実現したいから、ということに尽きます。

障害のある方たちが社会に出る、あるいは自立した生活を送るための支援をする時に最も重要なのがアセスメントです。アセスメントとは、利用者が何を求めているのかを正しく知り、それが生活の中のどんな状況から生じているかを確認することです。でも、その人をずっと同じ環境で、例えば毎日支援センターの中で見ていても、その人の一面を理解したことにしかなりません。違う環境に身を置く、違う感性に触れる、あるいは音楽や芸術に触れることで、その方の違う側面が表出します。それを見ないといけないんです。

つい最近も、事業所に電子ピアノを持ってきたんですが、それを見た瞬間に積極的になって、普段は苦手な会話が違和感なくできた人がいました。そういう力があるからこそ、文化芸術をイベントに取り入れるようにしているんです。

―関係性をずらす・失敗を裁かない

―北山さんたちが企画しているイベントは、一見すると、音楽やスポーツをシンプルに楽しむものに見えますが、かなり綿密に障害福祉のメソッドを企画の中に織り込んでいます。北山さんによれば、1つは「立場を逆転させる」ということ、もう1つが「承認ポイント作る」ということ。それがイベントに生かされ、障害のある人たちの自信の回復に繋がっているのです。

北山 障害福祉において一番重要なのは障害のある方たちの自信の回復です。心に障害のある方は、どうしても「自分はこれができない」と卑下してしまいがちで、それが新しいことへのチャレンジの機会を奪ってしまったり、家に引きこもらせてしまう原因にもなっているんです。でも、逆に言えば少しずつ自信を取り戻し、自分にもこんなことができた、これをして喜んでもらえたと、そういう体験を繰り返していくことで、少しずつ自分を認めることができるようになり、それが自立に繋がっていく力になります。

そこで意識しているのが、立場を逆転させるということです。教る人と教えられる人というような従属的な関係を作るのではなく、いつもは支援される側にいる人たちがイベントでは支援する側に回るといったような局面を作る。そのことで自信を取り戻すきっかけを作るわけです。前段でも話しましたが、新しい一面を発見するということでもあります。いつものカリキュラムでは冴えない表情をしている人が、楽器を持った途端に元気になって、コミュニケーションが円滑になり、いつの間にか子供たちに楽器を教える側に回ってしまう。お客様をもてなす側に回る。そういう逆転を作っていく。これが大きな自信に繋がるんです。

自信を取り戻すという意味では、失敗が許される環境を作ることも大事です。失敗ではなく成功、できたことを認め合う場を作るということです。どんなに単純なことでも、どんなに簡単に見えることでも、障害のある人たちにとっては大きなチャレンジなんですね。例えば、ずっと家に引きこもっていたような人は、イベントに参加したということだけでもすごい進歩です。だから「イベントに来れたじゃん、すごいじゃん」とそれを認める。そういう小さな成功体験、小さな自己承認を積み重ねていく必要があります。

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ごちゃまぜイベントは子どもの姿が目立つ(左)。同法人では清掃活動「グリーンバード」(右)にも取り組む。

障害福祉の中に、業務の切り出しというものがあります。障害のある人にもできるよう、仕事を細分化していくというものです。例えば、みんなで椅子を1 つ作るというとき、それぞれが1脚ずつ作るのではなく、作業を細分化して、木を切る人、ヤスリをかける人、釘を打つ人、というように切り出していくわけです。すると、何かしら障害のある方にも関われる仕事が生まれます。このような業務の切り出しを地域の企業に依頼するのも私たちの仕事です。切り出しによって仕事が生まれ、それによって僅かでも報酬を得ることができれば、働く喜びが生まれ、大きな自立につながるからです。

その意味で、上手下手を競わない生涯スポーツや、みんなで即興的に音楽を楽しんだりする文化事業は障害福祉ととても親和性が高いように感じます。それだけ自己承認の機会があるということです。これは文化芸術の持つ大きな効能ですよね。即興演劇のワークショップなどでも「失敗していい」という環境を作ることが重要だと聞いたことがあります。文化事業は、障害福祉にも繋がる懐の深い事業なのだと思います。

―地域と関わってこその障害福祉

―北山さんたちは今年から組織をNPO法人に変えました。障害福祉サービス事業だけでなく、地域づくり事業を展開するためのNPO化だと北山さんは言います。NPOにすることで、地域の担い手を理事として組織に迎えることができるようになったり、自治体の助成金などが活用しやすくなったりと、様々なメリットがあるからだそうです。しかし、障害福祉の事業所なのに、なぜそこまで「地域」との関わりを目指すのでしょうか。

北山 地域でイベントをやって、それが障害福祉とどういう関係があるの?  とよく聞かれるんですが、地域づくりはとても大事です。なぜなら、障害のある方が仕事に就いたら、彼らと一緒に接するのは普通に生活しているみなさんだからです。障害福祉に関わる人間や、障害のある人たちを雇う経営者だけが福祉を理解していればいいというわけではありません。地域全体の福祉力を上げていかないと、本当の意味で障害のある人たちの自立した生活を実現することはできません。ですから、地域の人たちを「ごちゃまぜ」のイベントに巻き込み、障害を障害とも思わないような地域を作っていきたいんです。

ただ、僕たちは音楽や芸術の専門家ではないので、地域のミュージシャンやアーティストに協力を仰ぐことになりますが、そのような協働や共創によって、地域の人たちとのコラボレーションの機会が増えていきます。先日行った音楽イベントでは、いわき出身の音大生や美大生が企画に関わってくれました。そうやって地域の人たちとコラボレーションしていくうちに面白い企画やイベントが生まれ、地域の担い手が関わってくれることを通じて、少しずつ地域の人たちが参加してくれるようになる。するとこれはもう障害福祉ではなくて、まちづくりなんです。

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地域と関わらなければ福祉にはなり得ないと北山さん。

音大生や美大生は、私たちにとっては表現の達人ですが、同時に、彼らにとって僕たちは福祉のプロです。つまり、僕たちのごちゃまぜイベントは、表現に関わる人たちが障害福祉のメソッドを学ぶ機会にもなっているということです。福祉の人材教育も兼ねているわけですね。このように、文化芸術というものを媒介にして、異なるジャンルの事業を接続していくことが重要だと思います。文化芸術の振興が、障害福祉の充実、地域の人材教育の推進、ひいてはまちづくりにもいい効果をもたらすということではないでしょうか。

―文化芸術の力を借りて、地域をごちゃまぜにしていく

―これまで毎月のようにごちゃまぜイベントを開催しているソーシャルデザインワークス。イベントを継続して開催できる背景には、独自の評価基準があるようです。何をもってイベントの成功とするのか。そこには、障害福祉ならでは考え方にプラスされた、北山さんの理念がありました。そしてその理念は、既存の文化政策や事業に対する新たな視座を与えてくれます。

北山 毎回イベントを行った後にはアンケート調査をするようにしていますが、イベントが成功だったかどうかは、参加者の心に何が起きたのかを見極めないと判断できません。自信につながったとか、少し気持ちが前向きになったとか、新しいことにチャレンジしたくなったとか、あるいは、それによって支援の方法が充実したとか、そういう声が出てきたら成功だと思います。しかしいずれにしても、やはり一人ひとりの心の中に起きたことにじっくりと向き合わなければ、効果があったかどうかは分からないんです。

もちろん、イベントに何人集まったかというのは重要だとは思います。でも、実際に千人の人が参加しても、それが自信の回復や、立場の逆転や、ごちゃまぜの普及につながらなければやる意味がありません。人の心に何が起きたのか、そこに向き合うのが僕たちの仕事ですから、当然、自分たちの企画するイベントも同じようにして参加者の心に向き合わなければならないと思っています。

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就労移行支援業務の傍ら地域で様々な企画を実施しているソーシャルデザインワークスの皆さん。

評価基準はもう1つあります。地域との関わりが増したかどうか。僕たちのイベントは地域づくりのイベントでもあるので、イベントによって新たなコラボレーション先が生まれたり、新たな企画が生まれたり、次に繋がる動きを出していきたいと思っています。ふらっとイベントに参加してくれた人が僕たちの理念に共感してくれて、こんなイベントをしようと企画を持ち込んでくれたり、普段のカリキュラムの講師として参加してくれたり、地域の皆さんとの新たな接点が生まれる。それも評価したいですね。なぜなら、地域の人たちの接点が増えれば、それだけ障害に対する理解も深まるということになるからです。

地域の人たちが繋がって、障害に対する理解が深まり、多様性が守られていく。そういう社会は、きっと障害のある方にとって暮らしやすい社会だと思いますし、障害のない人たちにとっても暮らしやすい社会もあるはずです。地域をごちゃまぜにしてくことで、僕はそれが実現できると信じています。そして、文化芸術には、多様な人たちをごちゃまぜにしていくという力があると思います。

人々のあらゆる垣根を払い、ましてや障害のあるなしなんて関係なく、みんなで表現を楽しみ、認め合う。そういう場を作ることができるんですね。つまり、文化や芸術には、地域全体をごちゃまぜにする力があるということなんです。それは政策の面でも同じはずです。障害福祉も教育も観光もまちづくりも、いろいろな地域の取り組みをごちゃまぜにしてしまう力が、文化政策にはあると思います。そういう力を地域に波及させて初めて、いわきが真に多様性を受容できる「ごちゃまぜな街」になっていくのではないでしょうか。

 

profile 北山 剛(きたやま・つよし)
NPO 法人ソーシャルデザインワークス代表理事。1979 年いわき市内郷生まれ。東北大学大学院情報科学研究科修了。
2005年12月、障害福祉事業を柱とする株式会社LITALICO の創業メンバーとして参画。
2017年現在「諦めのない社会を創る」というビジョンを掲げ、
障害のある方や生きにくさを抱える方々に向けた自立訓練・就労支援サービス事業を軸に、
多様なごちゃまぜの世界観を地域の人たちと共創。全国の地方都市展開を目指している。

 

いわきはシルクロードの最果てだと話す夏井館長。
INTERVIEWmanaviva

夏井 芳徳さん(民俗学者/いわき市立いわき総合図書館 館長)

いわきは「シルクロードの最果て」である

いわき市内各地に伝わる伝統芸能や昔話などを長年にわたって研究している民俗学者の夏井芳徳さん。いわき総合図書館の館長を務める傍ら、地域史や民俗などについての調査、研究、発表などを行い、各地で開催されている地域学講座の講師としても、精力的に活動されています。その夏井さんに伺ったのは、いわきの歴史や文化の底流。夏井さんのお話をお聞きし、いわきの歴史や民俗を紐解いていくと、いわきが持つ文化の多様性や本質が見えてきました。

―いわきの伝統芸能と言えば、「じゃんがら念仏踊り」を思い浮かべる人が多いかもしれません。市内各地に伝承をしている団体があり、夏のお盆になれば、あちこちで哀愁のある鉦の音、そして、太鼓の音が響き渡ります。最近では県外でも披露されることが増え、いわきを代表する伝統芸能としてすっかり定着してきました。いわきの伝統芸能として、「じゃんがら念仏踊り」と双璧を成すのが三匹獅子舞です。いわきの獅子舞は、現在でも市内の40もの地区で行われており、神社の例大祭などで奉納されます。市の無形民俗文化財にも指定されています。まず、夏井さんに伺ったのは、いわきの獅子舞について。夏井さんによれば、獅子舞にこそ、いわきの文化の底流が見て取れると言います。

夏井 いわきの獅子舞は「風流の獅子舞」とも言われます。風流と書いて「ふりゅう」と読みます。風流というのは中世末期頃などに発達した日本古来の伝統芸能の流れを汲む芸能です。よく見られるお正月の神楽獅子(長獅子)などは、2 人以上で1頭の獅子に入り、舞を舞います。この神楽獅子は大陸からの、外来の文化の影響を強く受けていると言われています。これに対して、「風流の獅子舞」は1人の人間が1つの獅子頭をかぶり、舞を舞います。いわきの獅子舞は、この風流の系統の獅子舞、日本のオリジナリティの強い獅子舞です。「風流の獅子舞」が分布しているのは長野県から青森県までの東日本で、西日本には分布していないんです。

日本の文化は、基本的には大陸の影響を受けたものが多くあります。中国とか、朝鮮、さらにはシルクロードの西域の方とか。特に、西日本は影響を強く受けています。「風流の獅子舞」は、そうしたシルクロードの文化や大陸の文化の影響をあまり受けずに発達した、いわば日本のオリジナリティの強い文化の産物です。「風流の獅子舞」が発達したのは、中世以降と言われていますが、西日本はシルクロードの文化や大陸の文化の影響を受けたものが色濃く分布し、風流の獅子舞などは取り入れられなかった。しかし、東日本はそうではなくて、日本のオリジナリティを色濃く持つ「風流の獅子舞」が受け入れられ、それがずっと伝承されてきました。

いわきを代表する伝統芸能「風流の三匹獅子舞」。
いわきを代表する伝統芸能「風流の三匹獅子舞」

夏井 いわきはシルクロードからもっとも遠く離れた地、シルクロードの最果ての地ということができます。シルクロードの文化は北九州のあたりに入り、関西あたりまで伝播し、そこからは京都や大阪を中心に全国に伝わりました。海運を通じて日本海地域に伝わり、日本海経由で太平洋の方まで回り込み、青森県の八戸や岩手県の宮古あたりにまで伝わっています。一方、関西から太平洋経由で、江戸や銚子のあたりにも到達します。しかし、その先はあまり伝播せず、宮城県から福島県、茨城県のあたり地域は、シルクロードの文化の影響をあまり受けていない、言い換えれば、日本古来の、独自の伝統文化が色濃く継承された地だといえます。

東日本では、それぞれの県に「風流の獅子舞」が伝承されていますが、いわきでは1つの市のなかに複数の系統の獅子舞が伝承されていて、このような地域はそう多くはありません。いわきの獅子舞の系統を見ると、太鼓を腰につけて舞うもの、太鼓を腰につけないものなどがあり、いわきの北部では、平地区などの平野部と三和地区などの山間部で系統が違いますし、市の南部だと田人地区が異質な獅子舞の系統を伝えています。1つの市のなかにさまざまな系統の獅子舞がある。これは稀なことです。まさにいわきの文化の多様性、面積の広さの現われです。

おそらく、江戸時代、別々の藩に細分化され、それぞれの藩による支配が行われたことが、こうした状況を作り上げたのではないかと思います。戦国時代には岩城氏という戦国大名が治めていたいわきは江戸時代以降、磐城平藩、湯長谷藩、泉藩など、多くの藩に分かれました。田人地区は棚倉藩でしたし、笠間藩領や多古藩領、幕府領もありました。さらに、周辺地域から文化の影響もあります。田人地区あたりだと、棚倉とか南の方も影響がありますし、三和地区とか川前地区だと中通りからの影響があります。平地区だと、福島県の中通りからの影響は受けず、海沿いの文化、海を伝わってくる文化の影響を受けます。いわきは1つの市でありながら、それぞれの地域は別の、様々な地域の文化の影響を受けてきたわけです。

―バラバラが文化に多様性をもたらす

―いわきはシルクロードの最果ての地である。したがっていわきの獅子舞には、日本古来の文化が残されている。そのような視点で獅子舞を見ると、見え方や価値が変わってくるようにも思えます。さらに、その日本古来の文化に、いわきの「バラバラ」が多様性をもたらしていたということも、重要な視点です。江戸時代の小藩が乱立するという統治体制が、奇しくも文化に豊かさと多様性をもたらしていたということです。では、いわきの伝統芸能のもう片方の雄「じゃんがら念仏踊り」には、そのような特徴はあるのでしょうか。夏井さんに伺うと、「じゃんがら念仏踊り」は「地域の人たちの熱意によって残された」と言います。実は、過去に何度か禁止令が出され、存続の危機に見舞われていたのです。

夏井 いわきに暮らす人たちの熱意によって、主体的に守られてきたものが「じゃんがら念仏踊り」だと言えます。日本のほかの地域でも、過去には「じゃんがら念仏踊り」に類する念仏踊りがありましたが、それらの地域では「じゃんがら念仏踊り」が失われてしまいました。いわきの「じゃんがら念仏踊り」は、江戸時代の初めや明治時代の初め、藩や県から禁じられたこともありました。しかし、いわきの人たちが「じゃんがら念仏踊り」を守り、続けてきた。「じゃんがら念仏踊り」はそういう歴史を持っているんです。

でも、これほどいわきでは有名な「じゃんがら念仏踊り」も、他県ではあまり知られていません。いわきの「じゃんがら念仏踊り」は非常にオリジナリティが強いと言えるかもしれません。他の地域にも念仏踊りはありますが、お経を唱えて、太鼓を叩いて動くといった程度のものが多いんです。また、歌を歌って踊るという盆踊りもありますが、それが「じゃんがら念仏踊り」のように念仏踊りと盆踊りが一緒になっているものは極めて珍しいと思います。「じゃんがら念仏踊り」はそれを伝承している団体が市内には百団体以上あり、それぞれに、少しずつ、踊りやリズムが違います。実に、多様なのです。いわきの文化の多様性のルーツは400年くらい時代を遡らなければ見えてきません。そのくらいまで遡ると、伝統芸能も、伝承も、実に表情豊かなものが見えてきます。

ところが、いわきの歴史というと、常磐炭鉱の歴史など、明治以降の新しい歴史が語られることが多いです。確かに、常磐炭鉱の歴史は重要だと思いますが、いわきのいわきらしさを考え、見つけるには、常磐炭鉱の時代に積み上げられた歴史の地層をめくり取って、江戸時代のいわきを見たり、もっと遡って、関ヶ原の合戦以前の中世のいわきの歴史を見る必要があると思います。

いわきはシルクロードの最果てだと語る夏井館長。
いわきはシルクロードの最果てだと語る夏井館長。

―1つの市であることが個々の文化に「連携」をもたらす

―獅子舞も、「じゃんがら念仏踊り」も、江戸時代、いわきが小藩に分かれ、支配されていたからこそ多様なものになった。しかし、そうであるのならば、今のような「1つの自治体」として存続するよりも、合併前の状態のほうが理想的だということにはならないのでしょうか。それを伺うと、夏井さんはバラバラを抱えてもなお1つの自治体だからこそ、様々なメリットがあると言います。そして、そのメリットは新たな文化の形成にも役に立つはずだとも言います。

夏井 昔話や伝承などの調査を行う時、いわき市内のいろんな地域に出向きますが、同じ市だということで、前置きなしに、比較的簡単に調査に応じてもらえます。また、海とか、山とか、まちとか、いわき市内の多様性に満ちた様々な地域を容易に比較することもできます。もし、田人地区と三和地区が違う自治体だったら、教育委員会に話を通したり、それぞれの地域の研究者などに説明したり、地元の人たちに了解を得なくてはなりません。でも、いわきは一つの自治体ですから、「平から来た」といえば、それで話が通じます。そういうわけですから、山の話と海の話を比較したり、勿来地区の話と平地区の話を結びつけて考えるのも容易です。

別の市町村だと、本当に時間や手間がかかります。例えば、いわき市の勿来地区には、江戸時代、参勤交代の旅の途上、相馬藩の殿様が九面の海を泳いでいたサメに矢を放ったところ、矢がサメの頭に命中。その後、勿来地区を流れる鮫川と平地区を流れる夏井川で、サメから仕返しの攻撃を受けるという昔話が伝えられています。もし、いわき市が合併せずに、平地区と勿来地区が別の市町村のままだったら、私はこの物語に出会っていなかったかもしれません。市町村の合併によって、いわき市が誕生したため、勿来地区の昔話にも容易にアクセスができ、このような昔話を知ることができたのだと思います。

郷土史家として、いわきの多様な歴史を発掘、発信している。
民俗学者として、そして郷土史家として、いわきの多様な歴史を発掘、発信している。

夏井 戦国時代の岩城家や江戸時代の鳥居家の領地は、現在のいわき市の範囲よりも広くて、北は富岡あたり、西は古殿町あたりまでありました。ですから、その当時のいわきのことを調べるためには、双葉郡の南半分、さらには古殿町あたりまでのことを調べ、知識を身につける必要があります。今から50年前に、大きなまち、いわき市が誕生し、そこをフィールドとして、歴史を調べたり、文化の有り様を考えていくのは、豊かな多様性があって、相互を比較することもできて、大変、面白く、興味深いです。いわきという地域はそれぞれの地区ごとに個性やオリジナリティを持っていて、そのようなものがあるために、いわきは面白い、魅力的なものになっているということができると思います。

でも、一つの「いわき」として、一括りにしてしまうと、味気のないものになってしまうのではないでしょうか。自治体としては一つだけれど、勿来や平、四倉などと、それぞれの地区は、それぞれに固有の歴史や文化を持っている、そういうことを尊重し、認め合うことによって、合併のメリットというものが生きてくるのではないでしょうか?

いわき市は1つだ、いわき市全体を理解しようというのはなかなか難しいことです。私だって、小名浜だ、勿来だと言われても、土地勘はあまりないですし、大づかみなことはわかりますが、細かいところまでは知りようもありません。それぞれの地域の人たちが、それぞれの地域のことを知る。そして、次第に、それを拡張していく、そんな考え方でいいのだと思います。小名浜のことに詳しい人、平のことに詳しい人、湯本のことに詳しい人、そういう人に出会ったり、交流したり、情報を共有できる仕組みがあれば、いいのではないかと思います。多様性を認め、それを強みにする、そのような視点が、広域なまち、いわきには大切だと思います。

夏井さんが講師を務める市民講座は大人気。軽妙な話しぶりで、楽しく、いわきの歴史を伝えている。
夏井さんが講師を務める市民講座は大人気。軽妙な話しぶりで、楽しく、いわきの歴史を伝えている。

―人を育てる地域学講座

―確かに、いわきはバラバラだと、いわき市が誕生して50年を迎えた今でも、そのような声を聞くことがあります。一方、震災を契機に、地域での防災や助け合い、支え合いなどが見直され、そのなかで、それぞれの地域を見直し、学習しようと、そのような取り組みも始まりました。その1つが地域学講座。まず、内郷地区で、内郷学講座が始まって、続いて、好間学、常磐学、平学、そして、四倉学、小名浜みなと学など、次々にスタートして、小川学も開講になりました。夏井さんは、このような地域学講座をどのように評価しているのでしょうか。

夏井 今まで、このような市民講座はあまり開かれていませんでした。むしろ、いわき全体をテーマとして扱うような動きが主流でした。でも、大震災の後、それぞれの地域の歴史や成り立ち、魅力、独自性などを発掘し、皆でそれを共有しようという動きが出てきています。これは良いこと、望ましい動きだと思っています。異なるものを持ったものが集まると、さまざまな力を発揮することができますし、それが新たな魅力にもなります。その意味でも、各地で始まった地域学講座は、今後もずっと続けられるべきだと思います。

それから、地域学講座の内容ですが、毎年毎年、新しいテーマ、新しい講座を取り入れる必要はないと思います。大体、3年ぐらいを一つのスパンとして、同じようなことを繰り返してもいいのではないかと思います。いいえ、むしろ、そうすべきなのではないかとも思います。次から次へと新しいことに向かって進んでいくのでははく、何度も、何度も、繰り返し、少しずつ進んでいくことも大切だと思うのです。そのような取り組みを20年、30年とやっていくことで、地域のまちづくりを担う人材や文化活動などを担う人材が育っていくのだと思います。このような取り組みがあって、それを土台にして、いわき市全体のことが進んでいく。そうなれば、広域ないわき市の魅力も発揮されていくことになるのではないでしょうか。今後、このような場をどんどん作っていく必要があると思います

profile 夏井 芳徳(なつい・よしのり)
1959年12月、福島県いわき市平生まれ。1983年3月、京都大学文学部国語学国文学科卒業。
1999年4月、いわき明星大学人文学部現代社会学科非常勤講師。
2014年11月、「石熊村キツネ裁判―『三川タイムス』取材ノート」で第67 回福島県文学賞(小説・ドラマ部門)正賞受賞。
2015年4月、いわき明星大学客員教授。いわき地域学会副代表幹事、いわき総合図書館館長。

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INTERVIEW

大石 時雄さん(いわき芸術文化芸術館アリオス支配人)

行政と民間に必要な、文化政策の対峙

福島藝術計画×ASTT2016年度の報告書として発行された「潮目のまちから」から、いわきの文化の多様性を考えるための基礎となり得るインタビューを記事を転載します。福島藝術計画×ASTTでは昨年度、文化政策について考える「マナビバ。」を開催してきましたが、文化政策と一口にいっても、民間の求めるものと行政の求めるものは異なります。私たちは民間人としてどう文化政策と向き合うのか。いわき芸術文化交流館アリオスの支配人、大石時雄さんに伺いました。

―経済的価値ではない価値を見出すこと

アリオスの事業についてお話ししていきます。運営していく上で大事にしているのは、人と人との交流を基本とすることです。それから、お金に換算できないものの価値を見直すことです。1960年から70年代、日本の経済がどんどん成長していくなかで、私たちの財布の中身もまた豊かになっていきました。お金を払うことで、快適なサービスを受けられるようになったわけです。モノだけでないですね。便利や快適というものを、お金に換算してきました。これ自体はとても良いことだと思います。

しかし、2008年をピークに、日本の総人口が減少に転じたと言われています。高齢化が進み、子供の数も減っています。つまり将来労働者が減っていくということです。労働者が減り、消費者も減るわけですから、日本経済はかつてのような成長を見込めなくなってくる。国も地方自治体も、いわき市もすでにそうなっています。では、お金がないから色々なものを諦めるというのでいいのか。お金がないので何もできません、ということではないはずです。お金に価値を見出すうちは、金がなくなったらおしまいになってしまいます。

東京を例に出すと、確かに東京はモノやサービスに溢れています。それらは、お金があれば何でも手に入ります。でも、お金がなければ何も手に入りません。つまり、東京というのはお金がないと楽しくないんですよ。お金がなくても生きていけるとか、お金で換算できない価値を見せていく必要があります。田舎は、東京と比べれば、まだお金に変えられないものが多くあります。そこに価値を見出さなかったら、お金がすべて、経済性がすべて、ということになってしまう。海、山、川、気候、そして人情。そういうものに目を向けていかないといけません。

沖縄の離島などに行くと、タクシーもなければコンビニもありません。つまりお金で買えるものが少ないんです。つまり、島の人たちは、私たちほどお金に価値があるとは思っていない。じゃあ翻って、国全体にお金がなくなっているという今、お金のみに価値を求めていくのは、まさに無い物ねだりに等しい。お金に価値を置かないものを探して、その価値を見出していくことが必要です。そして、それによって自分たちの人生を組み変えていく。そのようなアプローチが必要なのだと思います。

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―シェアの時代は希望である

では、そういう価値観を文化の力によっていかに作っていくのか。確かに予算が潤沢にあれば、毎年ウィーンフィルやベルリンフィルを呼んで素晴らしい演奏を聞くことができるかも知れません。でも、それにどんな意味があるのかを、もう一度問い直さなければいけないと思います。むしろ、地元の食文化や、地域の伝承や、自然など、お金と交換できないものの価値を表に出して、そこにはこんな価値があるよ、ということを示していかないといけないんじゃないか、私はそう考えています。

実際に、文化施設にかけられるお金もどんどん減っていくでしょう。それでも地域を豊かにしていくには、みんな一緒に何かに取り組まなければなりません。お金はないかも知れないけれど、こんなことができるよ、あれも提供できるよ、というように、みんなができることを持ち寄って、シェアしていく。そういう社会を目指すべきだと思うんです。これが東京だったらどうでしょう。お金はないけどやりたいことがあるから手伝ってくれなんて駅前でプラカードを持っていても、なかなか話は聞いてくれない。ところがいわきだと、「まあ家に上がりな」なんてお茶を出して話を聞いてくれて、よっしゃと力を貸してくれる。それが、人情というお金に換算できない価値なんですね。

お金が介在しないと、人間関係の中でなんとかしていくしかありません。いずれ自分も誰かに何かを手伝ってもらうかもしれない。だからまずは誰かのお手伝いをしよう、というように、お互いの人間関係やお節介によって地域が回っていくんですね。今は自転車も車も、そして部屋もシェアする時代です。以前は、他人と共生すること自体が面倒で鬱陶しいものだと考えられてきました。だから家がみんなそれぞれに部屋を持ち、それぞれの部屋にテレビを置いて「個」を守り続けようとしたわけですよね。けれども、最近の若い人たちは、面倒な他人とのコミュニケーションを心がけて色々なものをシェアするようになっています。それは、ともすれば「お金がない」というとこから生まれた当たり前の反応なのかもしれません。しかしそれは、日本の希望だと言っていいと思います。

私も、バブルの時期を過ごしてきた人間です。しかし、今の若い世代は、お金がないことをポジティブに考えて、色々なものをシェアしています。なぜでしょう。思うに、彼らは別に金を求めているわけではない。生き方を求めているんだと思います。お金を求めているのだとしたら、もっとお金に執着するはずです。しかし、実際にはお金から離れていっている。日本経済が縮小し、撤退戦を余儀なくされるなかで、あえて真逆の方に行く。繰り返しになりますが、これは本当に大きな希望だと思います。

―経済重視の文化政策で良いのか

このような時代における文化政策とは、お金と交換できないものに価値を見出すものではなければならないと思います。そして、そのヒントは、それぞれの土地のなかにあるはずです。昔の日本を考えてみてください。第一次産業に従事していた人がほとんどでしたが、彼らは果たして不幸だったのでしょうか。経済的な価値だけで、人の生活の豊かさ、文化的な豊かさは測れないはずです。例えば、地域の里山。お金になり易いからと、もともとあったたくさんの広葉樹を伐採して針葉樹を植えた。しかし、海外からもっと安い木材が輸入できるようになった。日本の場合、人件費がかさみますからね。すると、山自体に価値がなくなっていくわけです。

でも、それは人間にとっての経済的な価値がなくなったに過ぎません。イノシシやクマにとっては、当然里山は価値のあるものです。今、山間部を中心に林業から地域を創り直そうとするところがポツポツと出始めています。林業を志す女性も多いようですね。森に入るには、イノシシやクマから身を守るために猟師が同行することもありますが、林業の活性化によって、少しずつ猟師も戻ってくるようになった地域があるそうです。そこで若い人たちが猟師の文化に触れます。殺した動物を食べ、その命を頂くことで一生を全うさせ、供養する。それが、動物を殺すことに対する許しになる。そういう哲学的なものに若い人たちが触れるんです。そこには大きな文化的な価値があるとは思いませんか?

山に入る若者や、地方に移住して何かをスタートさせようという若者を見ると、お金だけで価値を考えてきた社会に対する、ある種の揺り戻しが始まっているような気がします。お金を介在させないことが豊かな社会になると考える若者がいるということです。そういうことを言うと「江戸時代に戻るのか」と言う人がいるけど、一言で言えば「スマホのある江戸時代に行く」ってことかもしれませんね。便利や快適を100%捨てろ、というわけではないんですから。

そういうふうに、経済的な価値では換算できないものを探していく。そこに価値があるんだと提示していくことが、文化に求められていることだと思います。それを政策としてやっていこうという時、やはり大前提として考えなければならないのは、個人から見た文化政策なのか、自治体や国から見た文化政策なのか、しっかり見分けていかなければいけないということです。

―行政と民間の対峙を生むファシリテーターを

文化政策と一口に言っても、どの立場、どの視点からの言葉かで意味合いが変わってしまうということを、まずは大前提として共有しておくべきです。1つ例を出します。言語とは、文化を形づくる上で非常に大事な要素ですが、かつて日本は、中国や韓国、台湾などに領土を持った際、言語によってその国の人たちをコントロールし、日本人に同質化しようと試みました。これもまた文化政策です。文化政策といっても、決して綺麗なことだけではないということです。政府や行政の思惑、立場というものから語られる文化政策と、私たち市民の立場から語る文化政策というものでは違うんだということをまずは大前提として語る必要があります。

アートプロジェクトを考えてみましょう。アーティストが来て、レジデンスして、住民と一緒に作品を作る、そういうプロジェクトが全国各地で開催されています。やはり、アーティストと地域のお年寄りたちが一緒になって酒を飲んだりしながらクリエイションした作品が、若者たちやボランティアたちを巻き込んで世界に発信されていくというのは面白いですよね。しかし、行政側から見ると、交流人口が増えたとか、地元にどれだけの経済的価値があったとか、そういうものとして評価されがちなんです。

東京オリンピックも、大阪に再び誘致しようとしている万博もそうかもしれません。経済の起爆剤としての効果ばかり期待されて、本来の精神や哲学は置いていかれてしまう。そして、そういうことを推進していく国の文化政策のなかで、地方のアートプロジェクトも行われ、そういった経済的成果でもって自分たちは文化創造都市だと宣言をする、そのような文化政策でいいのでしょうか。そういう考え方は、あまりに行政側からの視点だけで文化政策を語りすぎです。

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私たちは、地域の交流人口が増えても増えなくても、そんなに変わらない。むしろ私たちが望んでいるのは、生まれた土地があって、その土地の文化が広がって盛り上がって、先祖から引き継いだものが次の世代に受け継がれていく、そしてそこに楽しさや充実感がある。私たちが求めるのって、きっとそういうことです。もっと言ってしまうと、私たち生活者が考えるのは、いかに生きるのか、いかに豊かさを共有していくのか、そしていかに死ぬのかってことですよね。それでいいんだと思います。

ところが行政はそうはいかない。行政側からみた文化政策と、暮らしや生活から見たときの文化政策とは、お互いに対峙し合うものなんです。そこでしっかり協働していかないと、こんなはずじゃなかったと、地域の人たちが思い描いたものになっていきません。文化に関わるのならば、誰もがこの落とし穴を理解したうえで臨まなければならないと思います。今では「地方創生」などという言葉もあります。しかし、一般の市民は、本当に行政の掲げる地方創生を望んでいるでしょうか。

地域住民がいかに豊かに日常を楽しむかが目的であって、経済的な価値や交流人口の増加は結果でしかないのに、そればかりを目的としてしまいがちです。だからいつも「こんなはずじゃなかった」と市民の側は思ってしまう。ならば、文化政策がどうあるべきか、どういう街にしていきたいか、文化政策の目的は何なのか、行政の立場、市民の立場から、問題を共有して考えていく。そういう文化政策でなければいけないと思います。

―いわきの多様性を育てていくために

日本の学校教育は、みんなに同じであることを求めます。静かに授業を受けようとか、みんなとお同じようにできるようになろうとか、そういうことを強制されて、できない人は排除されてしまう。つまり全体主義的になっていくということです。しかし、それは優れた軍人や企業人を育てるには良かったのかもしれないけれど、つまりは均質化であって、多様性とは真逆のものなんですね。

いわきが、もし「多様性のまち」なのだとしたら、教育もまた多様性を持たなければなりません。みんな違うんだということが当たり前にならなければならないと思います。みんな違うんだ、という価値を伝えようというとき、芸術や文化の力が有効です。例えばダンスをするとする。たとえ同じ振り付けをしても、その日の気分や体調や、障害のあるなしや、得意不得意でみんな違う踊りを踊るはずです。それは当たり前のことなんですね。だから、みんな違っていて、まずはそれでいいんだということ、否定しない、比較しないということが大事になっていきます。

ありのままの自分が肯定される、それが多様性の本質です。そして、それを感じることができるのが文化や芸術です。これからの学校教育に、文化芸術はますます必要なものになっていくでしょう。このように、学校教育や教育政策が期待する文化芸術と、私たちが望む文化・芸術は大きく違ってきます。そもそも相反するもの、対峙するものとして存在しているんです。ですから、どちらかに偏りすぎるのはよくありません。バランスが取れているということが大事です。

文化政策について語るときにも、行政の立場から一方的に話を聞いていたのではよくありません。相反するものを提示して、理解しあって、協働していくことが重要なんです。それらのことを大前提として、文化政策という言葉の意味をよく理解しながら、事業を始めていく。色々な人たちと共にファシリテートしていくことが大事です。文化政策の主役は誰か。それを考えた文化政策が、いわきからどんどん打ち出されるようになればいいと思います。

 

profile 大石 時雄 (おおいし・ときお)
1959年福岡県生まれ。大阪芸術大学舞台芸術学科演技・演出専攻卒。
広告代理店を経て伊丹・アイホールの設立に参加。
パナソニック・グローブ座(現東京グローブ座)制作担当の後、世田谷パブリックシアター、
可児市文化創造センター、いわき芸術文化交流館(いわきアリオス)の創立に参加。
2008年のオープンから同館副館長・支配人を務める。

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INTERVIEW

佐々木 吉晴さん(いわき市立美術館館長)

潮目のまちから、文化を考える

福島藝術計画×ASTT2017年度の報告書として発行された「潮目のまちから」から、いわきの文化の多様性を考えるための基礎となり得るインタビューを記事を転載します。福島藝術計画×ASTTでは昨年度、文化政策について考える「マナビバ。」を開催してきましたが、それを実際に行動に移していく時、私たちは何を意識すれば良いのか。その軸となるものを、現場当事者から伺いました。1人目は、いわき市立美術館の佐々木館長です。

―多様性こそ文化である

歴史や文化というものを考えるとき、よく引き合いに出されるのが、京都や金沢です。何百年と続く太い文化の伝統があって、それを価値基準の根底に据えて様々な活動や物産が生まれています。伝統というのは革新性が内包されていなけれは存続できないものですが、やはり伝統というベースがあってこそ。京都や金沢には、そのような長い文化の伝統が様々なものに通底しています。

では、いわきの場合何なのでしょう。それをずっと考えて来ましたが、おそらく、いわきというのは、様々な人が出入りするという伝統があった地域なんじゃないかと思います。文化の大きな1つの軸は目に見えないけれども、いろんな文化が混じり合ったり、いろんな人が混じり合ったりすることで、ある種のダイナミズムが生まれて、いわきの文化環境や、経済環境が形づくられてきたと言えるでしょう。いわきはまさにそういうまちなのだと思います。

アクアマリンふくしまも「潮目の海」というものをキーワードに掲げていますが、それはそのまま文化の面でも潮目になっているということです。他者を受け入れて、吸収して、何がしかの新しい発信を生み出してくる。それも立派な文化なんですね。関東と東北の端境にあって、双方に関わりがある。文化だけではありません、植物の生態や海の生き物もそうです。親潮と黒潮が混じり合う。混じり合うということが、いかに豊かな可能性を持つか、ということを考えなければなりません。

芸術の都とも呼ばれるパリでは、人工的に潮目を作っている面があります。抽象画は20世紀の初頭に登場しますが、もう一方では、伝統絵画のアカデミズムが強く残ってきた。今度はそこに外側から芸術家たちがやって来て、具象画の表現によって、新しい風をパリに吹き込んでいき、それぞれが「私たちの表現が最高だ」と主張していきます。パリの街自体は、長い間に築き上げられてきたサロンのアカデミズムがあるにも関わらず、意図的に外部の人たちを許容して既存のものとぶつけ合わせるわけです。そしてそれを政治的にもバックアップする。そうすることである種の人工的な潮目ができて、パリの市民も、芸術を求めてパリにやって来る人たちも、芸術の多様性に触れることができるんです。

いわきの場合は、歴史的環境がまさに潮目だったので、政治的に意識されたことがないわけです。多様性がキーワードになっているとしても、多様性それ自体を文化の核に据えて、政策に組み込んで後押しするということをやってきませんでした。ただ、実はこの美術館では、多様性を意図的に活動の中に組み込んできました。いわゆるファインアートというものです。

アートというのは幅広く、音楽、文学、身体表現、様々なものにアートという言葉を使いますが、それらを一概に否定するのではなくて、美術館の守備範囲はファインアートだけれども、今の社会のなかで、とりわけいわきのなかで、アートの活動範囲や理念が独自に広がっているとするならば、そのなかでアートとは何かという現象を紹介し、人々が体験することで、翻って「ファインアートとは何か」という意識を生み出していく。そういう活動がしたいなと思ってきました。結果的にそれは多様性につながることなんです。多様な表現を取り入れ、それを紹介してぶつけ合わせることで、研ぎ澄まされた、あるいは今日的な、いわき的なファインアートの理念や価値観が生まれるわけですから。

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いわきの歴史として象徴的に語られることの多い常磐炭鉱も、やはりおびただしい人たちが外側からやって来たことが知られています。その人たちがいわきの人たちと一緒に炭鉱独特の文化を築いたり、あるいは、北海道や九州から来た人たちが、それぞれの固有性を何がしかの形で残していったわけです。そうして生まれた炭鉱の文化は、炭鉱がなくなった後も、炭鉱の人たちによって違う形に生まれ変わってきています。つまり、スパリゾートハワイアンズがあるというのも、いわきが多様性を持っているからなんです。

他の地方都市でも、よく人工的なテーマパークを作りますが、やがてダメになってしまう。そこに必然性がないからです。ところが当時のハワイアンセンターには必然性があった。その一番根っこのところにあるのは常磐炭鉱の多様性です。いわきの内外から様々な境遇の人たちが出入りする、あの潮目のような環境、そこから生まれる多様性。ハワイアンズのルーツもまた、潮目に求めることができるはずです。

多様性の怖いところは、自分たちの背骨が見えないということです。ただ、多様性それ自体が背骨だと考えていけば、これから先の課題も見えてきます。しかしそれは、ただ受け入れるだけではなく、「るつぼ」のようにかき混ぜて、すり潰して、新しい素材として生まれ変わらせ、そしてそれを常に発信していくことが求められると思います。そして、そこに辿り着くためには、自分たちの強み、自分たちの特性を肌で感じないとだめですね。様々なものを体験し、その体験を語ったり、発信しながらぶつけ合っていく。そういうことが必要なんです。ですから、まずはいわきの多様性を、それこそがいわきの特性なんだと意識していく。京都や金沢、会津だけが文化だというのは間違いなんです。

―いわき市民がつくった、いわき市立美術館

いわき市立美術館の成り立ちも、もしかしたら多様性に関わるかもしれませんね。いわき市立美術館は公的な美術館ではありますが、実は市民ギャラリーがベースになっている美術館です。特筆すべきは、市民ギャラリーがベースになった美術館でありながら、行政主体ではないということ。そして、市民ギャラリーの作家たちが、俺たちの絵を飾れ、と言うんじゃなくて、現代美術に絞ったコレクションにしていることです。当時、誰も現代美術のことを深く理解していたわけではないのに、現代美術がこれからの時代に必要だと彼らは提唱してきた、それが美術館につながったわけです。

その中心人物の1人は若松光一郎です。自分自身が現代美術家、抽象絵画をやってきた方ですが、若松はいわきの人です。そして若松と同じくらいアピールしたのが松田松雄です。彼はいわき出身じゃないんですね。岩手の人間で、岩手訛りが抜けないその独特の力のある言葉で、いわきにとてつもない暴風を吹かせたわけです。反対側から別の暴風をつけたのが、緑川宏樹。彼は陶芸家です。東京出身で、京都で学んだのち、いわきで窯場を築きます。彼などはいわきに何の縁もゆかりもない。そういう人たちが西から東からやって来て、いわきをかき混ぜていく。それこそまさに多様性の1つなんです。

なぜいわきでそのような現代美術の風が吹いたかといえば、実は、いわきのなかには、日展とか院展のような、長い伝統的な価値観に基づく美術が盛んではなかったということがあると思います。他の地域に行くと「日展の誰それ先生がおられる」というような話になるんですが、それが希薄だったんですね。若松自身、具象を捨て抽象に来た先達です。このように、市民ギャラリーの中核の人たちは、何かアクションを起こしたい、俺たちで新しいものを作るんだという、かなり積極的な人たちだったんです。そして、そのためには現代美術は避けては通れないんだと、彼らは考えたわけです。

それから、現代美術を主眼に置いたのは、もう1つ別の理由もあって、それは現代美術の安さです。例えば、2年前にアンディ・ウォーホルのとある作品が2点で190億円で取引されました。私たちで買った作品は1900万円くらいです。あとは、私たちが所蔵しているイヴ・クラインの作品がありますが、先日30億円以上で売ってくれとオファーがありましたが、断りました。そのお金があれば美術館を増設できるじゃないかと言われましたが、増設した美術館に彼の作品が展示できないのでは本末転倒です。ちなみに、買ったときは6000万でした。要するに、現代美術は単純にいつの時代も「現代」なわけです。ですから、まだ評価が定まっていない。地方の美術館にも手が届くということですし、常に可能性があるということです。

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ただ、その時に大事なのはポリシーを固めておくこと。それから作品を見抜く「目」です。ですから専門職と選定委員会は絞り込みました。恣意的に選ぶことのないように、現代美術の流れを網羅して収蔵のフォーマットを作り、そのなかから必要な作家をピックアップするわけですが、作品を選ぶ選定委員の存在は非常に重要です。行政というのは、基本構想や基本計画を作ったら、そこから一言一句違えないように進めていきます。市長が変わろうと担当者が変わろうと同じです。

ですから、計画を作る最初の段階、誰を委員にするかがとにかく重要なポイントになるわけです。どんな人を委員に据えたらいいのか、というとき、世の中には明らかに保守的な専門家もいますから、そういう人たちが選定員になると、自分たちの理想の美術館ができない可能性がある。だから、保守的な委員が選ばれないように待ち構えている人がいたんです。市民ギャラリーの作家たちです。

彼らが、できるだけ現代美術を理解している委員が選ばれるように厳しくチェックしている。だからこそ、現代美術を理想に掲げるような選定員が選ばれた。選出された委員だって、日本で初めての現代美術に特化した美術館で、ここにチャンスがあるんだと、ここにユートピアを作ろうと、自分たちの理想を語ってくれたわけです。そしてその結果として、基本方針がまとまったわけですね。

基本方針のなかには「同時代性を持った戦後の良質な美術」という言葉があります。同時代性を持った、というところが大事です。あえて現代美術とは言ってはいないんだけれども、時代の波と関わりのない古いものはオミットされるわけです。その結果、ピカソの晩年の作品や、フォンタナやクラインといった様々な作品を受け入れたんです。まだ評価が定まってはいない作品ですから、「これは何だ!」となるわけですが。つまり、文化というのは行政が作るものじゃないということです。

文化とは何か。一番簡単に言えば「人々の暮らし方」です。時として、芸術活動とか、民芸的な活動、歴史が文化だというけど、結局は、その地方の風土環境や歴史、そして今に生きる人の価値観から生まれる暮らし方なんです。価値観というのは、風土や歴史、環境から自ずと形作られるけれど、外部からの影響を受けて様々に変わるものでもあります。今生きているものと、歴史や風土環境をぶつかり合わせてローリングさせていく。それによってまた文化が変わっていくという流れのなかで形作られていくものです。

でも、変えるのはよその人ではない。いわきの文化を語るのであれば、いわきの人々こそが作り手なんです。いわきの文化を堂々と語って、堂々と享受していく。それはいわきの人であるべきですし、文化というものはそもそも、そうであるべきです。

―常に意識的に「潮目」をぶつける

震災を文化政策のなかで捉えると、いわきに新しい風を吹き込んだとも言えます。文化の多様性は、内発的なものだけではなくて、自ずとそれが行われざるを得ないような環境、つまり外発的なものも欠かすことができません。本来、いわきには多様性の文化がありますが、いつのまにか硬直化しつつあった。しかし、震災によって、ほかの土地から大勢の人がやってきます。そしてその人たちを受け入れざるを得ない環境が作られ、様々なものがぶつかり合うなかでローリングされていく。そんなふうに、硬直化したものを震災が取っ払って、新しい風を送り込む1つのきっかけになったと捉えることもできます。そういう大きな流れのなかで、今日的な、いわき的なアートも生まれてきます。

いわき市立美術館でも何年も前から計画していますが、アーティスト・イン・レジデンスも必要だと感じています。美術館の活動というのは、市民に定着すればするほど、美術館の価値観を黙って受け入れてしまう人を増やしてしまうという嫌いがあります。だから、美術館からすれば、美術館を大切に考えてくれる人が増えるのはうれしいけれど、僕らの価値観を押し付けることになってしまうということを自覚しないといけません。アートとファインアートの違いを体験しながら、文化の多様性を作り上げていく。美術館とは、そのためのベースキャンプです。だから、美術館の価値を押し付けたくないんです。

ならば、人工的に美術館と異なるアプローチができる組織や制度を作っていくしかない。例えば、いわき市立美術館が行政なのであれば、民間の活動を振興していく。あるいは、美術館が見るための施設なのであれば、作り手たちを育てるアーティスト・イン・レジデンスを作っていく。そうして、常に別の何かをローリングさせていくことが求められます。こうだというのを決めつけない。1つの方向性になりそうだったら別のものをぶつける。そのように意識的に潮目を作っていくことが、ますます求められていくはずです。

 

profile 佐々木 吉晴 (ささき・よしはる)
1956年、宮城県塩釜市生まれ。80年、東北大文学部哲学科美学・西洋美術史専攻卒。
2012年、 いわき市立美術館副館長から同館長に就任。
いわき明星大客員教授、福島大客員教授、青森県立美術館作品収集委員、
福島県立美術館作品収集委員、郡山市立美術館作品収集委員、喜多方市美術館美術品収集委員、
福島県景観アドバイザー、福島県文化振興審議会委員、福島県生涯学習審議会委員。
専門:西洋美術、フランス近代美術(印象派~20世紀前半)、
西洋・日本現代美術、博物館学、パブリック・アート。

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EVENTS

震災復興における文化政策の意義や役割を考えるための機会を創出しようという文化セミナー「マナビバ」。これまで2回にわたって勉強会(トークとディスカッション)が開催されてきましたが、総まとめとなるフォーラムが、12月17日にいわき市の商業施設「ラトブ」にて開催されました。国内の実例発表なども交えながら、文化政策の必要性についての様々な意見交換。当日の模様をご紹介します。

フォーラムは基調講演からスタート。ゲストは、東京大学大学院の教授で、地方自治体の文化振興計画の立案、策定などを行っている小林真理さんです。文化政策を取り巻く環境の変化などを解説頂きながら、本フォーラムのテーマである「なぜ文化に政策が必要なのか」について40分に渡って講演を頂きました。

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特に時間を割いて紹介して頂いたのが「仕組みづくり」について。小林先生は「文化が発展していくための環境づくりを市民とともに考えることが重要だと」前提を説明した上で、「誰がコーディネートするのか、誰がその役割を担うのかを慎重に吟味しながら、最終的には、市民自身から『わたしたちの文化だ』と言えるものにしていく必要がある」と、地域の人たちに間に定着していくことを考えるべきと語りました。

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続いて、神戸市の職員で文化行政に関わる宮道成彦さん、さらに、大分市で「トイレンナーレ」に関わる大分市職員の佐藤栄介さんから実例報告がありました。阪神淡路大震災後の文化からの復興を手がけた宮道さん、さらには地域づくりの面で全国的に注目を浴びている大分のアートプロジェクトの現場を知る佐藤さん、現場を知り尽くしたお2人の話はとても説得力がありました。

成功事例に共通するのは、自治体によるビジョン策定もさることながら、持続性を持って取り組むための「チームづくり」の妙。自治体の既存の枠組みに左右されない人材の登用や、地域づくりの担い手との積極的な協働で、単年では実現できない懐の深い事業に練り上げていることが神戸市、大分市の共通項かもしれません。

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そして最後に開催されたのが、いわきアリオスの支配人である大石時雄さん、東京アートポイント計画ディレクターの森司さん(モデレーター)を加えた5人でのパネルディスカッション。森さんの司会のもと、それぞれの立場から組織づくりや政策立案についての意見が交換されました。

文化行政の立案をテーマにしたフォーラムということもあり、いわき市の職員など文化行政に関わる当事者が多く参加したこの日。盛んにメモを取って現場に活かそうという人たちの姿が目立ちました。震災・原発事故という未曾有の災害を経験したいわき市。文化によってコミュニティの分断を縫合していこうというアプローチも始まっており、この日のフォーラムは、数々の知見を得つつ、その知見をいわき市にどのような形で応用するのかを考える、とても重要な時間になったかと思います。

 

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EVENTSINFO

福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU-TOKYOでは、昨年に引き続き、福島県出身の若手アーティストを講師に招き、県内14カ所の幼稚園から高校でワークショップを開催する「学校連携共同ワークショップ」を開催しました。そこで完成した子どもたちの作品を展示するのが本展です。参加者総数のべ人数400人以上。子どもたちの元気あふれる作品をぜひご覧ください。

学校連携共同ワークショップとは、美術作家を先生として招き、各学校で子どもたちを対象としたワークショップを開催するプログラムです。作家が学校に出向いて子どもたちと交流しながら、いっしょに創作活動を楽しみます。ワークショップは学校の授業のような1〜2時間ごとの活動ではなく、半日〜1日全部の時間を使って、学年または部活動、全校一斉で行います。そして作家のユニークなワークショッププログラムにより、いつもとは違う「創り出すことの喜び」を体験することが出来る活動になっています。

今年度のワークショップは昨年に引き続き『おとなりアーティスト』と題し、福島県出身の若手アーティスト3名(建築家・アサノコウタ氏、アートユニット・フライデースクリーン、土絵作家・佐藤香氏)を招いて、県内14カ所の幼稚園から高校でワークショップを開催しました。参加者総数のべ約400名以上。本展覧会では、ワークショップで作られた全ての作品をご紹介いたします。

 

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三春中学校でのワークショップの様子

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幼稚園児もワークショップに参加して大作をつくった

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展示会場、福島県立美術館の会場の様子

8幼稚園児たちがワークショップで制作した作品

 

学校連携共同ワークショップ参加校作品展2016

会期:2016年12月20日㈫〜12月25日㈰(2016年12月26日〜2017年1月6日は休館)
2017年1月7日㈯〜1月15日㈰
会場:福島県立美術館(企画展示室B)
開館時間 :9:30〜17:00(入館は16:30まで)
料金:無料

ワークショップ:12月20日〜23日(14:30〜16:00頃)
会場:県立福島東高等学校公開ワークショップ開催中

2016年度参加校
福島市立金谷川幼稚園(年長) 福島市立森合幼稚園(年少・年長) 二本松市立塩沢幼稚園(年中・年長) 川俣町立川俣南幼稚園(年少・年長) 白河市立関辺幼稚園(年長) 学校法人松韻学園蓬莱もみじ幼稚園(年長) 学校法人鏡石学園岡ノ内幼稚園(年長) 学校法人堀内学園富岡幼稚園(全園児) 二本松市立渋川小学校(5年) 三春町立三春中学校(2年) 会津若松市立第一中学校(美術部)会津若松市立第二中学校(美術部) 県立福島東高等学校(美術部)福島市立福島養護学校高等部(1年)

アーティスト
アサノコウタ(建築家)/「ウチ」をつくる
1983年 福島市出身。慶応大学SFC政策・メディア研究科修士課程修了。震災後、屋内公園をデザイン。2011年〜「プロジェクトFUKUSHIMA!」の福島大風呂敷(2011年 福島市)などでディレクションを担当。個人として、ショップ内装や住宅などのデザインをする他、2011年 越後妻有の林間学校講師、2014年 札幌国際芸術祭2014(北海道札幌市 )、他多数のアートプロジェクトに参加。古民家鑑定士。福島学院大学非常勤講師。FMポコラジオパーソナリティ。

佐藤 香(土絵作家)/大地のえのぐで絵をえがこう!
1987年 田村市出身。2012年 東京芸術大学大学院壁画専攻修了。 修了制作展で発表した実家の土で描いた「私の故郷、福島」をきっかけに、滞在した場所の土で絵を描く制作スタイルで活動中。2012年 会津・漆の芸術祭(喜多方市)、2013年 原始感覚美術祭(長野県大町市)、風と土の芸術祭(美里町)、2014年 手作り本仕込みゲイジュツ展(はじまりの美術館)、1/1000,000妻有展(里山現代美術館)、2015年 大地の芸術祭(新潟県十日町市)などで滞在制作。

FRIDAY SCREEN(鈴木孝昭/坂内まゆ子)
2015年活動開始。“From Local, For Local, With Local”をコンセプトに、デザインによる福島の地域資源の発掘と発信を目的に活動しているクリエイターの鈴木孝昭とテキスタイルアーティストの坂内まゆ子によるユニット。地域に密着したプロダクトやグラフィックといったデザインの仕事のほか、イベントの企画や運営をはじめ、他分野の専門家とコラボレーションした商品開発やワークショップを行うなど様々な活動を行っている。

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EVENTSINFO

福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU-TOKYOの本年度の公式プログラム「マナビバ。」のフォーラムが開催されます。「マナビバ。」は、震災がもたらした地域の課題について、その解決策を、文化・芸術・アートの視点から可能性を探り、これからの福島について、考え・学び・話し合う場です。震災復興における文化政策の意義や役割を考えるためのセミナーとなり、いわき市が目指す「文化のまちづくり」とはどうあるべきか、そのために必要なことは何か、さまざまなゲストのお話を伺いながら、参加者のみなさんと共に考えます。

フォーラムは、1年の集大成のイベント。地域でアートプロジェクトに関わるゲストにご参加頂き、パネルディスカッションを行います。文化政策から地域の未来を作ることをテーマに、政策立案、各地のプロジェクトの詳細、地域アートプロジェクトについての諸問題等を語りながら、地域に文化を根付かせるための「政策」について考えていきます。

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マナビバ。フォーラム 〜なぜ、文化に政策が必要なのか〜

日 時 平成28年12月18日(日)(13:00〜16:00)
会 場 いわき産業創造館 企画展示ホール(福島県いわき市平字田町120 LATOV6F)
定 員 70名
参加費 無料

ゲスト:
小林 真理 氏(東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻 教授)
早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。博士(人間科学)。早稲田大学、昭和音楽大学で助手を務めた後、静岡文化芸術大学講師。2004年に東京大学に赴任。助教授・准教授を経て、現職。文化資源の保存・公開・活用するにあたっての、文化行政および文化政策の制度、また地方自治体において具体的にどのように文化行政を推進していくかを研究している。地方自治体の文化振興計画の立案、策定、運用等のアドバイスを行っている。著書に、『文化政策学?法・経済・マネジメント』(有斐閣)、『アーツマネジメント概論』(水曜社)、『指定管理者制度?文化的公共性を担うのは誰か』(時事通信社)、『公共劇場の10年』(美学出版)、『行政改革と文化創造のイニシアティブ』(美学出版)等。

宮道 成彦(神戸市 市民参画推進局 文化交流部 文化創生都市づくり担当部長)
1984(昭和59)年に神戸市職員となり、交通局、民生局(現・保健福祉局)、区役所等を経て1994(平成6)年度から神戸市民文化振興財団に出向。震災後には、各種慰問事業の受入調整や市内で開催されるアートイベントを巡るスタンプラリーのための媒体「アートウォーク」も立ち上げた。1999(平成11)年より震災復興本部総括局の復興記念プロジェクトのメンバーに。「1.17希望の灯り」を市民ランナーの手で全国に返す事業や、新長田エリアでのスティールドラムバンド「ファンタスティックス」結成などを手がける。その後、生活文化観光局、医療産業都市推進本部を経て2014(平成26)年より市民参画推進局文化交流部文化交流担当課長として、病院へのアウトリーチ事業を始めとし文化振興事業に取り組む。2016(平成28)年より現職。
著書に「神戸の海は宝箱〜大阪湾に暮らす生き物たち」(2008年 神戸新聞総合出版センター刊)

佐藤 栄介氏(大分市 商工労働観光部 商工労政課 アートを活かしたまちづくり担当)
1975年大分県臼杵市出身。1998年 山口大学工学部応用科学工学科卒業。2000年大分市役所入庁。2013年度より商工労政課にて、アートを活かしたまちづくり事業を担当。「おおいたトイレンナーレ」は平成27年7月18日から9月23日に大分市の中心市街地のトイレを舞台に開催された芸術祭です。16組の芸術家により16箇所のトイレがアート作品に変身しました。「トイレンナーレ」とは誰にとっても欠かせない「トイレ」と3年毎アートフェスティバルを意味するイタリア語「トリエンナーレ」を組み合わせた造語です。(商標登録第5622407 号) URL:www.toilennale.jp

大石 時雄氏(いわき芸術文化交流館アリオス 支配人)
1959年福岡県生まれ。大阪芸術大学舞台芸術学科演技・演出専攻卒。広告代理店を経て伊丹・アイホールの設立に参加。パナソニック・グローブ座(現東京グローブ座)制作担当の後、世田谷パブリックシアター、可児市文化創造センター、いわき芸術文化交流館(いわきアリオス)の創立に参加。2008年のオープンから同館副館長・支配人。

モデレーター
森司氏(「思考と技術と対話の学校」校長/東京アートポイント計画ディレクター)
1960年愛知県生まれ。公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京事業推進室事業調整課長。東京アートポイント計画の立ち上げから関わり、ディレクターとしてNPO等と協働したアートプロジェクトの企画運営、人材育成プログラムを手がける。2011年7月より「Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)」のディレクター、2015年よりリーディングプロジェクトディレクターも務める。

スケジュール
12:30〜13:00 会場・受付
13:00〜13:05 開会/いわき市長 挨拶
13:05〜13:45 基調講演
小林 真理 氏 東京大学 大学院人文社会系研究科文化 資源学研究専攻 教授
13:45〜14:45 事例発表2件
宮道 成彦 氏 神戸市 市民参画推進局 文化交流部 文化創生都市づくり担当部長
佐藤 栄介 氏 大分市 商工労働観光部 商工労政課 アートを活かしたまちづくり担当
14:45〜14:55 休憩
14:55〜16:00 パネルディスカッション
小林 真理 氏×宮道 成彦 氏×佐藤 栄介 氏×大石 時雄 氏
モデレータ 森司氏

お問合せ・お申込み先
いわき市 文化スポーツ室 文化振興課
〒970-8686 いわき市平字梅本21
TEL:0246-22-7544 FAX:0246-22-7552
E-mail:bunkashinko@city.iwaki.fukushima.jp

福島藝術計画×Art Support Tohoku-Tokyo 事務局(担当:会田)
E-mail:tas.fukushima@gmail.com
WEB:http://f-geijyutsukeikaku.info/

主催:いわき市、福島県、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、特定非営利活動法人Wunder ground

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EVENTS

震災復興における文化政策の意義や役割を考えるための機会を創出しようという文化セミナー「マナビバ。」が、11月9日、いわき市のいわきアリオスで開かれました。福島藝術計画× ASTTの公式プログラムでもあるマナビバ。被災地であるいわき市が目指す「文化のまちづくり」とはどうあるべきか、そのために必要なことは何なのか。当日交わされた言葉を振り返りながら、セミナーの模様を紹介していきます。

第1回のゲストは、ニッセイ基礎研究所に所属し、全国各地の文化政策についてリサーチを続けている大澤寅雄さん。現在は、クリエイティブな地域活性でも全国的に有名な福岡県の牛島に在住。自ら文化創出に関わりながら、全国各地の文化事業と政策の関わりについてリサーチ・研究を続けていらっしゃいます。いわば「現場感覚」と「俯瞰からの批評」の両方の視点を併せ持った方でもあり、参加者にとっては全国の潮流を伺い知る貴重な会となりました。

今回の「マナビバ。」のテーマは、「文化の対象は、どこまで広がっているのか?」というもの。近年、文化政策の対象は、芸術や文化の振興だけでなく、まちづくりや福祉など多様な分野へと広がってきています。最近の動向を学び、文化政策の分野を「横断する力」を活かすために、どのような役割が必要なのかを考えました。

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冒頭で触れられたのが、まさにその「文化政策の対象の広がり」でした。文化事業を企画して運営することだけではなく、子育てや教育の分野、地域づくりの分野、観光や物産の振興、あるいはコミュニティの形成や震災復興など、日常生活に直結する各分野において「文化政策」を取り入れた横断的な取り組みが全国各地で主流になってきています。文化庁も、それを後押しするような動きを見せているそうです。

しかしながら、政策立案の現場では、それぞれの担当部署の「縦割り」によって、柔軟な予算配分がしにくい現状も。だからこそ文化政策が「縦割り」のなかに横断的に刺さっていくものとして期待されているのでしょう。大澤さんは、組織や団体、地域のステークホルダーの間に入っていき、さまざまにコミュニケーションしていく「コーディネーター」の役割が重要だと力説されていました。

それに加え、大澤さんは、文化政策をひとつの「生態系」として見ることの重要性を解説。生産者、消費者、そして分解者の3者が良好な関係を築いていくために、水や土、空気、酵素を生み出していくことが文化政策の役割だと話していました。エネルギーを生み出していくには、それぞれに「養分」が必要。そこでコーディネーターが「養分を運ぶ存在」となり、地域を駆け回っていくのでしょう。

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全国の取り組みを見ても、コーディネーターがうまく機能している取り組みは、地域に少なからぬ好影響を与えているようです。大澤さんは「文化政策を充実させていくためにもコーディネーターとなる人材の育成が欠かせない」と、人材育成の重要性に触れつつ、「地域NPOや各種団体と緊密に連携を図りながら、地域の共同体の誰もが自由に参加できる入会地(いりあいち)のような文化的営みの総体としての『文化的コモンズ』を作っていくことが重要だ」と話しました。

いわき市の文化事業にも継続的に関わっている大澤さん。「いわきの面白さは全国でも5本の指に入ると思います。いわきは、それぞれの担い手が半ば『勝手に』やってしまっているというのが面白い。他の地域ではそうはいきません。いわきのコーディネーターが、それら自発的な行為を制限するのではなく、ゆるやかに連携させていくような役割を果たしていくことで、もっと文化的に豊かな場所になっていくのではないか」と、いわきの文化政策についても言及して頂きました。

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文化芸術とは、単に芸術作品を創作したり鑑賞したりすることにとどまらず、様々な分野を横断していくものであり、その横断こそが文化芸術の役割である。とすれば、やはり、そこを横断していく人、コーディネーターの育成が地域の財産になり得ます。「マナビバ。」もまた、そのコーディネーターを育成するために開催されているものでもあり、参加者の1人ひとりが「コーディネーターの卵」として育っていくことを期待するものでもあります。

今回の「マナビバ。」には、いわき市内での文化的活動の担い手や、いわき市で文化政策に関わる皆さんが参加されていました。セミナーが「縦割り」だった政策や地域がゆるやかに連携し、豊かな生態系を作っていくためのきっかけになったのではないかと思います。次回の「マナビバ。」では、文化政策研究者の長嶋由紀子さんと、静岡を中心に様々な取り組みを企画している鈴木一郎太さんをゲストに、さらに一歩踏み込んだ文化政策について話していきます。ぜひお集まり下さい。

 

□第2回「マナビバ。」 ディスカッション「地域の多様性を大切にするためには?」
ひとつの地域には、さまざまな文化的な背景をもった人々が共に住んでいます。その多様な「違い」を包み込むような文化政策は、どうすれば実現できるのでしょうか。国内外の理念や事例を学ぶことから、これからのいわき市に必要な文化政策のありようを議論します。

日程:2016年11月30日(水)18:30~20:30
会場:いわき芸術文化交流館アリオス カンティーネ
定員:30名※当日のお申し込みも受け付けます。
参加費:無料
ゲスト:長嶋由紀子氏(文化政策研究者)×鈴木一郎太((株)大と小とレフ取締役)

 

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EVENTSINFO

福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU-TOKYOの本年度の公式プログラム「マナビバ。」の概要が決定致しましたのでお知らせ致します。「マナビバ。」は、震災がもたらした地域の課題について、その解決策を、文化・芸術・アートの視点から可能性を探り、これからの福島について、考え・学び・話し合う場です。震災復興における文化政策の意義や役割を考えるためのセミナーとなり、いわき市が目指す「文化のまちづくり」とはどうあるべきか、そのために必要なことは何か、さまざまなゲストのお話を伺いながら、参加者のみなさんと共に考えます。

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マナビバ。〜文化政策から、地域の未来をつくる〜

日時:平成28年11月9日(水)、11月30日(水)、
会場:いわき芸術文化交流館アリオス カンティーネ(福島県いわき市平字三崎1−6)
定員:30名
参加費:無 料

(1)トーク「文化の対象は、どこまで広がっているのか?」
近年、文化政策の対象は芸術や文化の振興だけでなく、まちづくりや福祉など多様な分野へと広がってきています。最近の動向を学び、文化政策の分野を「横断する力」を活かすために、どのような役割が必要なのかを考えます。
日程:11月9日(水)18:30~20:30
会場:いわき芸術文化交流館アリオス カンティーネ
定員:30名※当日のお申し込みも受け付けます。
参加費:無 料

ゲスト:大澤 寅雄 氏(文化生態観察/ニッセイ基礎研究所)
1970年生まれ。株式会社ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室准主任研究員、九州大学ソーシャルアートラボ・アドバイザー、NPO法人STスポット横浜監事。慶應義塾大学卒業後、劇場コンサルタントとして公共ホール・劇場の管理運営計画や開館準備業務に携わる。2003年文化庁新進芸術家海外留学制度により、アメリカ・シアトル近郊で劇場運営の研修を行う。帰国後、NPO法人STスポット横浜の理事および事務局長、東京大学文化資源学公開講座「市民社会再生」運営委員を経て現職。共著=『これからのアートマネジメント”ソーシャル・シェア”への道』『文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと』。

(2)ディスカッション「地域の多様性を大切にするためには?」
ひとつの地域には、さまざまな文化的な背景をもった人々が共に住んでいます。その多様な「違い」を包み込むような文化政策は、どうすれば実現できるのでしょうか。国内外の理念や事例を学ぶことから、これからのいわき市に必要な文化政策のありようを議論します。

日程:2016年11月30日(水)18:30~20:30
会場:いわき芸術文化交流館アリオス カンティーネ
定員:30名※当日のお申し込みも受け付けます。
参加費:無料
ゲスト:長嶋由紀子氏(文化政策研究者)×鈴木一郎太((株)大と小とレフ取締役)

ゲストプロフィール
鈴木一郎太/(株)大と小とレフ取締役
浜松市生まれ。イギリスでのアーティスト活動後、NPO法人クリエイティブサポートレッツにて、深澤孝史と起草した「たけし文化センター」事業の様々な分野と連携した企画を主に担当。2013年、ハードからソフトまで分け隔てなく扱う会社を、建築家の大東翼とともに設立。建築設計、企画とともに、様々な特殊案件を扱う。主な仕事に、『セミナールーム黒板とキッチン』運営(2014~現在)、『花博2014花みどりアート回廊』アートディレクション(静岡県/2014)、演劇作品『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』西尾佳織と共同で作演出(SPAC/2015)、『ゲストハウスとカフェと庭ココルーム』設計(ココルーム/2016)、ゲストハウス付民間文化施設『犀の角』設計、コンセプトデザイン、事業計画補助(シアター&アーツうえだ/2016)など。現在、2020年オリンピック・パラリンピック文化プログラム静岡県推進委員会プログラム・コーディネーターも務めている。

長嶋由紀子氏(共立女子大学)
文化政策研究者。お茶の水女子大学文教育学部卒業後、在日フランス大使館勤務等を経て、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。博士(文学)。専門は文化資源学、文化政策研究。共立女子大学、昭和女子大学、および早稲田大学非常勤講師。日本の自治体の文化政策形成過程にも多く関わっている。「フランス第一次地方分権改革における文化政策の制度設計―ナント都市圏の事例分析から―」(『文化政策研究』第7号2014年)『行政改革と文化創造のイニシアティヴ 新しい共創の模索』(共著、美学出版、2013年)、「CLAIR REPORT No.360 フランスの文化政策」(執筆分担、自治体国際化協会、2011年)など。

★次回予告:フォーラム「なぜ、文化に政策が必要なのか?」(仮)
日程:2016年12月18日(日)13:00~15:30
会場:いわき産業創造館 企画展示ホール
orいわき芸術文化交流館アリオス 小劇場(福島県いわき市平字三崎1−6)
※場所は確認中ですので決まり次第ご連絡致します。
定員:70名/参加無料

お問合せ・お申込み先
いわき市 文化スポーツ室 文化振興課
〒970-8686 いわき市平字梅本21
TEL:0246-22-7544 FAX:0246-22-7552
E-mail: bunkashinko@city.iwaki.fukushima.jp

福島藝術計画×Art Support Tohoku-Tokyo 事務局(担当:会田)
E-mail:tas.fukushima@gmail.com
WEB:http://f-geijyutsukeikaku.info/

主催:いわき市、いわき芸術文化交流館アリオス、福島県、東京都、
アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、特定非営利活動法人Wunder ground

 

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INFO

いわきまちなかアートフェスティバル「玄玄天」が10月22日から11月13日まで、いわき市平地区で繰り広げられます。日本全国から40組を超えるアーティストが参加し、それぞれの作品を展示します。展示会場は、平字三町目の「もりたか屋」をメイン会場に、喫茶店、酒屋、飲食店など、地域の商店なども加わり、町を巡回しながらアート作品を鑑賞することができます。

作品展示以外にも、さまざまなトークショーやワークショップが開催され、いわきの市民アート集団「十中八九」がライブパフォーマンスを行うことになっています。幅広い表現、アーティストとの交流にあふれた盛りだくさんのアートフェスティバル「玄玄天」。ぜひいわきへ行って直接体感してみてください。

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いわきまちなかアートフェスティバル「玄玄天」

会期:2016年10月22日〜11月13日
会場:もりたか屋、エリコーナ、いわき芸術文化交流館アリオス、喫茶ブルボン、坂本紙店、さわきやほか。
アーティスト:青木聖吾、倉谷拓朴、中村通孝、新藤杏子、大江司、北岡竜行、加藤智大、青木勝洋、三浦かおり、土屋さやか、纐纈あや、井上淳一、天願大介、浅井真理子、井上廣子、天野雅影ほか
詳しくは http://www.gengenten.net