EVENTSINFO

今期、福島藝術計画が公式プログラムとして開催してきた「学校連携共同ワークショップ」は、美術作家を先生として招き、各学校で子どもたちを対象としたワークショップを開催するプログラムです。作家が学校に出向いて子どもたちと交流しながら、いっしょに創作活動を楽しみます。今年度のワークショップは、昨年に引き続き『おとなりアーティスト』と題し、福島県出身のアーティスト2名(工芸家/デコ屋敷本家大黒屋21代当主・橋本彰一 氏、デザイナー/コラージュ作家・佐藤洋美 氏)を招いて、県内12カ所の幼稚園から高校でワークショップを開催しました。参加者総数500名以上。本展覧会では、ワークショップで作られた作品を展示いたします。子ども達の思いやときめきがギッシリ詰まった素敵な作品をぜひご堪能ください!

 

 

【開催概要】
学校連携共同ワークショップ参加校作品展 in いわき

会期:平成30年2月7日(水)~2月12日(月・祝)
時間:9 : 00~17 : 00(入館は16 : 30まで)※最終日は13 : 00まで
会場:いわき市暮らしの伝承郷 企画展示室(いわき市鹿島町下矢田飯野14-16 TEL : 0246-29-2230)
料金:入場無料

 

EVENTSINFO

アートによる新生ふくしま交流事業「アートで広げるみんなの元気プロジェクト」の新しいプログラムが決定しました。アーティストの君平さんをお招きし、「ミクロの化石からアートへ ~太古の浜通り・南相馬を感じよう~」を開催いたします。

恐竜が生きた時代よりもはるか昔から、海の中で生きつづけているプランクトンである放散虫(ほうさんちゅう)というミクロな生き物たちがいます。色は透明で、たくさんのトゲと、硬い骨を持っていて、その硬い骨は美しい化石になります。放散虫の化石は、はるか昔は海だった浜通りでもたくさん発見されています。ワークショップでは、放散虫を研究している福島県立博物館の竹谷陽二郎博士と、それをモチーフに作品を制作するアーティストの君平さんといっしょに、浜通りの放散虫の化石をスケッチしてアートにチャレンジします。ミクロの化石の魅力から太古の浜通りを感じてみましょう。

【開催概要】

アートによる新生ふくしま交流事業「アートで広げるみんなの元気プロジェクト」
ミクロの化石からアートへ ~太古の浜通り・南相馬を感じよう~

◎講師
君平(Kumpei)(アーティスト)
1974年生まれ。成安造形大学立体造形クラス卒業、2001年筑波大学 大学院修士課程総合造形分野修了。現在、成安造形大学美術領域主任・准教授。「鉄を通して見えてくるもの」をテーマに美術家として活動しています。近年は、溶接機とクレヨンを使った平面作品や、自然物をモチーフにした鉄の彫刻作品に取り組んでいます。

竹谷 陽二郎 (Yojiro Taketani)(福島県立博物館専門員)
1952年生まれ。東北大学理学部地学科卒業、1981年東北大学大学院理学研究科博士課程地学専攻修了。現在、福島県立博物館専門員。専門は地質学・古生物学で、特に中生代の放散虫化石(プランクトン)の分布や分類です。現在は、相馬地域のジュラ紀の地層や化石を対象に調査・研究しています。

◎会場と日時
1、南相馬会場
日 程:平成30年2月18日(日)(10:00~12:00)
会 場:南相馬市博物館(〒975-0051 福島県南相馬市牛来出口194)
申し込み・お問い合わせ
南相馬市博物館
〒975-0051 福島県南相馬市牛来出口194
Tel 0244-23-6421 (問い合わせ時間 9:00~17:00)/Fax 0244-24-6933
Mail hakubutsukan@city.minamisoma.lg.jp
アクセス
・常磐線「原ノ町」駅からタクシーで約10分
・常磐道「南相馬IC」から車で約20分

2、いわき会場
日 程:平成30年3月4日(日)(10:00~12:00)
会 場: いわき市石炭・化石館 ほるる(〒972-8321 いわき市常磐湯本町向田3-1)
申し込み・お問い合わせ
いわき市石炭・化石館 ほるる
〒972-8321 いわき市常磐湯本町向田3-1
TEL:0246-42-3155 FAX:0246-42-3157
URL:http://www.sekitankasekikan.or.jp/

参加費:無 料
対 象:どなたでも参加できます。未就学児の方は保護者同伴でご参加ください。
主 催:福島県|特定非営利活動法人Wunder ground
共 催:南相馬市教育委員会、いわき市石炭・化石館 ほるる
後 援:いわき市
助 成:アートによる新生ふくしま交流事業「アートで広げるみんなの元気プロジェクト」

EVENTSINFO

アートによる新生ふくしま交流事業が始まります。今回開催されるのは、子ども向けのロボットアームをつくるワークショップになります。ロボットアームのキットを組み立て、コマドリアニメーションの手法をつかって動かします。文字を書いたり、将棋をしたり、動物に変身させたり? 自由な発想でロボットの常識を覆そう!

立体アニメーション作家・パンタグラフが制作したロボットアームのキットを組み立て、色や形を自由にアレンジします。ワークショップ後半には、コマ撮りアニメーション手法でロボットアームを自由に動かし、参加者のアイデアを映像化します。ぜひご参加下さい。

ワークショップの紹介ムービー。

【開催概要】

アートによる新生ふくしま交流事業「アートで広げるみんなの元気プロジェクト」
コマ撮りアニメで自由な発想を! ロボットアーム・ワークショップ

会場と日時:
◎いわき会場
日 程:平成30年2月24日(土)(10:00~16:00)
会 場:アートスタジオもりたか屋

◎南相馬会場
日 程:平成30年2月25日(日)(10:00~16:00)
会 場:テクノアカデミー浜(〒975-0036 福島県南相馬市原町区萱浜巣掛場45-112)
(アクセス) ・常磐線「原ノ町」駅からタクシーで約10分 ・常磐道「南相馬IC」から車で約20分

講師:パンタグラフ(アーティスト)
立体造形と立体アニメーション専門のアーティストユニット。コマ撮り手法でのアニメーション制作ではCMや短編アニメーション、ゾートロープなど幅広い分野で活動を展開。作品や書籍、ワークショップを通じて“実物”の存在感 や“動き”の本質を探る。

対象:小学生高学年〜大人まで(保護者の同席も可能です)

行程:
10:00 スタート 自己紹介
10:20 キット配布 内容説明
10:45 工作スタート(塗装含む)
12:00 工作終了 昼休憩
12:45 ワーキングエリアで行うコマ撮りのサンプルを見せながらレクチャー
13:15 どんな動きをするかスケッチ、思案
14:00 コマ撮り開始
15:30 コマ撮り上映
16:00 終了

参加者が用意するもの:
コマ撮りアプリ(無料)がダウンロード可能なスマートフォンやタブレットをお持ちください。
お持ちでない方はお申し込み時にご相談ください。

申し込み・お問い合わせ:特定非営利活動法人Wunder ground(担当:榊・会田)
〒970-8026 いわき市平字白銀町2-10 TATAKIAGE BASE201
TEL:090-5849-5347  E-MAIL: info@wangura.net

主催:福島県 文化振興課|特定非営利活動法人Wunder ground
後援: いわき市

 

INTERVIEW

INTERVIEW

アサダワタル

ラジオ番組でコミュニティの「謎」を記録する

福島藝術計画×ASTTの公式プログラムとして、昨年から、いわき市小名浜にある「下神白団地」での実践が続いています。原発事故によっていわきに避難してきている双葉郡内の方たちが集住する「下神白団地」。今年は、文化活動家・アーティストのアサダワタルさんが入り、ラジオのプロジェクトを通じて、バラバラになってしまったコミュニティを緩やかに繋ぎ直そうと様々なプログラムを走らせています。原発事故特有のコミュニティの分断に、アサダさんはいかに挑もうとしているのでしょうか。

―下神白団地では、団地の完成直後から様々なプロジェクトが行われてきました。今年からアサダさんが団地に入り、「下神白ラジオ」というラジオ番組のプロジェクトが始まっています。どのような企画か概要を教えて頂けますか?

アサダ:下神白団地の住人の方に「音楽と町」というテーマで様々にお話を伺いながら、その模様を録音して、話の内容で登場した思い出の楽曲を入れつつ、ラジオ番組のように再編集して、それをCDに焼き直し、各世帯に配るというプロジェクトです。これまで2枚の本編CDと2枚のリクエスト編CD-Rを完成させることができました。CDを作る時にジャケットなども自作するのですが、その手作業も含めて団地の人たちに関わってもらいながらプロジェクトを進めています。

もともと話があったのは昨年の11月。いわきの会田勝康さんから「下神白団地でコミュニティづくりを一緒に考えて欲しい」と相談を受けて、12月の半ばくらいから少しずつ関わらせてもらうようになりました。最初から企画が固まっていたわけではなくて、地元のデザイナーの高木市之助さんや、リサーチャーの江尻浩二郎さんなど、地域の皆さんとも関わりながら即興的に企画が膨らんできたかたちです。

最初、団地の役員さんたちに協力のお願いをしているとき、ラジオみたいなことができれば集会所に来ない方ともコミュニケーションが取れるんじゃないかと考え、試しにマイクを置いて録音させて頂いたんです。最初の話し合いで3時間くらいおしゃべりしてしまって。で、それを編集し直して、音楽も入れてラジオ番組風にまとめて、皆さんに聞いてもらったら「あんなに自由に喋ったことがこんな風にまとまるなんて」って驚いてくれて、こちらの意図も伝わりすごく喜んでくれました。その時ですね、面白いことができるかもって思ったのは。

今年の春には本格的にCDを作って、お手紙も同封して作ってみようという企画の原型ができあがりました。お手紙のなかには、リクエストを書く欄もあるので、だったらそれを投函するポストも作ったほうがいいねとか、ポストを作るならもともと大工をしていたあのお父さんに相談してみたら? なんて話が進んで。それで私たちも住民の皆さんともつながり始めて、作業が進んできました。

いわき市平の「もりたか屋」でインタビューに応えて頂いたアサダさん。

—団地の皆さん、確かに今現在は大変な避難生活が続いていますが、ラジオを聞いてみると皆さんが懐かしそうに昔の思い出を語り合っていて、とてもいい雰囲気でしたね。

アサダ:最初の第一弾では、登場して頂いた住民の方が、たまたま3人とも常磐ハワイアンセンターの思い出を楽しく語って下さったので、それを特集として番組を組み立てました。CDが完成した時には住民の方にお知らせをして、皆さんに集まってもらい、それを聞いてもらいながら、そのCDに入れる手紙を折る作業や、貼ったり切ったりという作業を手伝ってもらいました。聞きながら、思い出に耽りながら、おしゃべりしながら、手も動かしてもらうというのがよかったみたいですね。

その後で、完成したCDを団地の全世帯にお配りしました。それが今年の6月です。すると、リクエストが返ってきて、そこからリクエスト編の特別版を作ってみたり、リクエストからネタを探して次の構成を考えて、第二弾では大熊町、双葉町、富岡町の三人の住人に出演してもらい、新しい番組を収録することができました。リクエストを出してくれた方を中心にして人選をしたので、皆さん企画の意図も分かっていて下さっていて、とてもいい番組になっていると思います。

プロジェクトで完成したCD。ラジオ下神白。
きめ細やかに印刷物を出してネタ集め。それがコミュニケーションを生む。
団地の敷地内にリクエスト箱を置いて声を集めたアサダさん。
各戸に個別に訪問し、団地の人たちとコミュニケーション。繊細に接触を続けた。

―通常、復興公営団地は、双葉町の団地なら双葉町の人たちが、富岡町の団地なら富岡町の人たちが暮らすというように、震災時に住んでいた自治体のコミュニティが維持されるものです。しかし、下神白団地は複数の自治体にルーツを持つ人たちがごちゃまぜになって暮らしています。被災の状況も異なるため、プロジェクトを進める難しさがあったかと思います。

震災直後、岩手県の大槌町でプロジェクトに関わったことがあります。割と最初から「この枠組みを作るぞ」って決めて取り組んだものだったのですが、やはり最初から枠組みを決めて現場に持っていくことの難しさを強く感じました。結果的に、現在は別の担い手に引き継ぐことができたので、今でこそ良かったと思っていますが、現場に入った頃は本当にしんどかったし、住民にとって必要なのはプロジェクトじゃなくて、無理にこちらに関わってもらっているんじゃないかと悩んだこともありました。

下神白の状況を聞いた時には大槌のことが頭をよぎりました。だからとにかく枠組みのところから一緒に相談して進めようと思っていました。もともと、僕は現場を見てからやれることを考えるというか、即興的にものを進めてきたタイプです。正直なところ、下神白の企画が走り出した頃は半信半疑でした。一番ホッとしたのは、最初に出て頂いた浪江町の三人の方がはっきり喜んでくれて驚かれたことですね。いつも蓋を開けてみないと分からないというか、他県で通用したものを持ち込むのではなくて、その現場の状況を取り入れながら企画を進めるように心がけているつもりです。

もちろん、自分の中に何もなかったわけではありません。表現を持ち込んで、現場のコミュニティ・人々の関係性を編み直していくというとき、ひとつは「音楽と記憶」というものが手立てになると思っていました。その軸は持ちつつ、あとは地元の人たちの状況を取り入れていくということが大事だなと思っていましたし、地元で関わって下さっているメンバー(前述した江尻さんや高木さんなど)が音楽やラジオに詳しかったり、地元の文化や暮らしにも通じているので本当に助けられました。私個人のプロジェクトではなく、チームとして動くことができたことが、皆さんにまずは受け入れてもらえている理由かもしれません。

結局、自分一人でやろうと思っていると、できないことのほうが多くて。もともと僕は「編集という発想が好きで、人との関わりも編集に置き換えることができると思っています。だから常に、誰と誰が組み合わさったらどんな力が出るだろうと、そこに関心があって。ぼくはイラストもデザインも大工仕事もできないので、ずっと誰かと一緒に作るというやり方で表現してきました。それがもう当たり前になっているんです。

アサダさんにとって「編集」とは特別な意味を持つ言葉になっている。

―アサダさんは「編集」というものを軸に活動されていて、現在は東京の小金井市を拠点に全国で活動を続けていらっしゃいます。活動の原動力というか、モチベーションというか、どこから創作意欲を得ているのですか?

よく分からないけれども面白いことをやっているうちにいつしか細やかな世直しになっているということが好きなんです。活動テーマは「表現による謎の世直し」と言っています。「謎」というのがポイントで、何の役に立つかわからないけれども、こんなことしたい、何か面白いことをカタチにしたいってことがあると思うんです。

だから、それをどうしたら実現できるだろうってことに関心があるし、それを誰かがカタチにしたら、別の誰かが必ず反応するっていうか、影響して、何か謎のモチベーション、表現衝動みたいなものが他人に伝染していくんです。おれもやってみようってなっていくし、だから、変なことをし出す人が周りにポツポツ増えていくことがすごく大事だなと思っています。

僕も何か社会的な方向性に反対したり、ある問題にイヤだなって思うことはあります。でも、何かの目的を持ってメッセージを発するということのみではなくて、自律的に、勝手に、各々が面白いことをできる状況・プラットフォームを作ることができたら、みんなが生きやすくなると思うんです。それは自分にとっては小さな革命だと思っていて。そして、それには表現やアートが合うと思っています。やっぱりアートや表現って、よく分からないモチベーションから生まれるものじゃないですか。それをコミュニティのなかでできたらいいなって。それだけはブレずにやってきていると思います。

その時に大事なのは、「この人ってこういう面もあるんだ」っていう気づきだと思います。会社勤めもそうだし、コミュニティの中での固定しがちな立場もそうだけれど、でも本当は、いろんな人がそれぞれいろんなことを考えているのに、それを自由に出せなくなっているように思います。だから、実はあの人だってよく分からないことが好きだってことを知る機会が必要で、それを知ると、誰か別の他者のことを奥行きを持って見られるようになる。すると、しゃべる会話も変わるし、徐々に相手との関係性も編み直されてゆく。そういうアクションって本当に謎だし一見地味なんだけれども、謎ゆえに他の面がふわっと出てきて、コミニュケーションが変わってくる。それが面白くて今の活動を続けています。

本質的には、下神白の皆さんも同じです。皆さん、「被災者」と一言で括られがちだけれど、それぞれの固有の思い出やわけのわからないものを持っていて。プロジェクトを通じてそれが少しずつ表現することができればいいなと思っています。

いわきでチームを組むデザイナーの高木市之助さん(右)とアサダさん(左)

―この団地が完成した頃とは異なり、団地から自分の故郷へ戻る人たちもいます。残る人もいます。それぞれ別の決断をしながら、団地の住人の数も減ってきています。状況が刻々と変わる団地で、アサダさんは今後どのように関わりを持とうと考えていますか?

そうですね、この間も、富岡の方にCDを配りに行ったら、もうその方は富岡に戻る決心をされたそうです。だから、この団地の場合は、いずれこのコミュニティを閉じる日が来るということを考えなければならないかもしれません。そのうえで、皆さんに何を残せるかということを考えていけたらなという話をチーム内でもするようになりました。

どこに移り住んでも、ここに残っても、どんな選択をしても、集会所で過ごしたり、このラジオを聴いたりして、誰かに何かが残り、次の土地にいったときにも、それが残り続けるというか。その後につながるようなものが作れたらいいなと思うんです。だから、ラジオを作り続けたり、対話する中で、住民の皆さんの変化を見逃さないようにしないといけないと思います。1つひとつのプロセスを丁寧に記述したり、書き残していくことも、今後取り組むべき課題だと思っています。

もちろん、ここを去っていく人たちの心の中に残っている音楽をインタビューするとか、そういう具体的な次元の行動も必要かもしれませんが、コミュニティが閉じられたり、次の場所にいったとしても機能するかもしれない、そういう何かを一緒に作っていけたらなと思います。コミュニティをみんなで盛り上げるというのとは別のベクトルというか、この団地のような離合集散にも価値があるんだと、離れてこそ機能するものもあるんだということを、今はまだ何かわからなけれど、この場所で探し出せたらと思います。

 

プロフィール アサダワタル
文化活動家・アーティスト。1979年大阪生まれ・東京在住。言葉と音楽を手がかりに、
全国各地のコミュニティでヘンテコかつきわめて日常生活に近い文化プロジェクトを実践し、文筆。
「表現による謎の世直し」をモットーに、人々の多様な面を交換しあえる風通しのよいコミュニティづくりに勤しんでいる。
『住み開き』(筑摩書房)、『コミュニティ難民のススメ』(木楽舎)、『表現のたね』(モクシュラ)など著書多数。
2016年より大阪市立大学都市研究プラザ特別研究員、博士(学術)。
また、グループワークとしてドラムを担当するサウンドプロジェクト「SjQ/SjQ++」では、
アルス・エレクトロニカ2013デジタル音楽部門準グランプリ受賞。

INFO

いわき市でアートや音楽イベントを企画する担い手たちといわき市が合同で、「潮目文化」をテーマにした新しい文化のまちづくりをスタートさせた。10月には、市民が中心となって「いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会」を発足。3月末まで、さまざまな企画展示、ワークショップ、トークイベントなどを展開していくことになりました。

10月25日には、さっそく皮切り企画となる「いわき潮目劇場」の開催が決まったほか、いわき市内ですでに開催されているアート展「玄玄天」、「小名浜本町通り芸術祭」とのコラボ企画や、昨年まで開催されてきたセミナー「マナビバ」、対話シンポジウム「未来会議」から生まれた廿三夜講復活プロジェクトなど、順次開催予定となっています。

それに伴い、ウェブサイトもオープン。東京在住の美術家で、いわきでも作品展示などを行っているKOURYOUさんが担当したアートワークがステートメントページに掲載されています。今後、同ウェブサイトで情報が続々アップされていくとのこと。いわきのアートシーンに、大きな一歩が刻まれたようです。ぜひチェックしてみて下さい。

いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会 ウェブサイト

 

いわき潮目劇場 オープニングイベント 開催概要

 

 

いわきとは「潮目のまち」である。そのような確信のもと、私たちは今年、さまざまな文化プログラムを推進します。それが「いわき潮目劇場」。そのオープニングイベントを、いわき駅南口のペデストリアンデッキを会場に開催させて頂くことになりました。

イベントは前後半の2部構成。前半の第1部では、実行委員より「いわき潮目劇場」の今年のプログラムを紹介します。いわきの若き文化の担い手たちが、どのような思いで企画や運営に関わっているのか、その思いをお聞きください。いわき総合図書館の夏井館長をゲストに、「潮目」をテーマにした講話も予定しています。

後半の第2部は、ペデストリアンデッキに複数の「こたつ」が登場。そのこたつに陣取り、いわきの文化の担い手たちがトークバトルを繰り広げます。俺たちのジモトのここがすごい。ここなら負けない。これがヤバい。ジモトにある慣れ親しんだ光景や、ジモトの「当たり前」を今一度掘り起こし、地域の財産とは何か、いわきの誇るべき文化とは何なのかをさぐり当てます。

 

いわき潮目劇場 オープニングイベント

開催日 :2017年10月25日(水)
時間:第1部 17:30~18:20 いわき潮目劇場 オープニングセッション
第2部 18:30~20:00 カルチャーショックトークバトル@潮目こたつカフェ
会場:いわき駅前南口広場(イベント広場)(ペデストリアンデッキ)
入場料:無料
出演:会田勝康、榊裕美、ユアサミズキ、髙木市之助、江尻浩二郎、小松理虔、早坂攝、霜村真康、夏井芳徳、and more
お問合せ:いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会
事務局:いわき市文化スポーツ室文化振興課
TEL : 0246-22-7544)
E-mail : bunkashinko@city.iwaki.fukushima.jp
主催:いわき潮目文化共創都市づくり推進実行委員会、いわき市
雨天時:順延

 

EVENTSINFO

福島藝術計画 × Art Support Tohoku-Tokyo2017公式プログラム、「福島こども藝術計画(アートで広げる子ども未来プロジェクト)」がスタートいたします。舞台は奥会津に位置する柳津。イラストレーターの小池アミイゴさんを講師に迎え、まちあるきをしたり、ワークショップを開催したりと、さまざまなプログラムが予定されています。子ども向けのワークショップとなり、5回のワークショップのあとには、斎藤藤清美術館での成果展も予定しています。

豊かな大自然のなかで、子どもたちの未来や才能を拓くワークショップとなります。ぜひお気軽にご参加下さい。

 

 

福島こども藝術計画(アートで広げる子ども未来プロジェクト)
小池アミイゴの誰でも絵が描けるワークショップ わたしのすきな柳津

講師:小池アミイゴ
群馬県生まれ。会津若松市出身の長澤節主催のセツモードセミナーで絵と生き方を学ぶ。フリーのイラストレーターとして1988年から活動スタート。書籍や雑誌、広告等の仕事に加え、クラムボンのアートワークなど音楽家との仕事多数。2000年以降は大阪や福岡や沖縄を始め日本各地を巡り、地方発信のムーブメントをサポート。より小さな場所で唄を手渡すようなLIVEイベントや絵のワークショップを重ねる。

【ツアー+ワークショップ】

日程
第1回 只見線体験+柳津探検    平成29年11月11日(土)12:00~15:00
第2回 描いてみようワークショップ 平成29年11月13日(月)14:00~16:00
第3回 描いてみようワークショップ 平成29年11月15日(水)14:00~16:00
第4回 ワークショップ 平成30年1月20日(土)
第5回 ワークショップ 平成30年1月21日(日)
第1回の集合場所と第2回~第5回の会場:斎藤清美術館
第2回と第3回の集合場所と集合時間:やないづふれあい館 13:30

参加費 無料
定員  第1回のみ定員20人
申込  第1回のみ要申込(申込先:柳津町中央公民館)
対象  柳津町放課後子ども教室所属の児童
ワークショップは当日参加可(申込不要)

【関連企画】

●絵本「とうだい」原画展
会期:平成29年11月1日(水)~11月30日(木)
会場:斎藤清美術館 アートテラス
観覧料:無料

●アーティストトーク
日時:平成29年11月12日(日)13:30~14:30
会場:斎藤清美術館
小池アミイゴさんが、福島県いわき市で取材して描いた絵本『とうだい』について、斎藤清作品についてお話しします。風景を描くこと、すきなトコを描くことをお伝えします。
*企画展「The Style」のチケットが必要となります。

●絵本制作と原画展示(予定)
期間:平成30年2月予定
会場:斎藤清美術館
主催:福島県、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、特定非営利活動法人Wunder ground
共催:斎藤清美術館
協力:柳津町中央公民館
申込先:柳津町中央公民館(白井) Tel:0241-42-3511

 

INFO

手作り・低予算のD.I.Y.芸術祭を自称する「小名浜本町通り芸術祭」が、今年も盛りだくさんの手作り企画とともに開催されます。例年、町民手づくりの作品を町内各所に展示する町民芸術祭です。50周年を迎えたタウンモール・リスポが来年の閉館を発表し、さらに来年夏にはついにイオンモールいわき小名浜(仮称)がオープンするため、今年の芸術祭のテーマは、今一度小名浜の歩みを振り返るというもの。

今年2度開催した小名浜まち歩きイベント「KAZIRO PHOTO TOUR」と「学歩〜富ヶ浦」篇〜」から見えてきた小名浜の驚きポイントをもとに、実行委員メンバー独自のチョイスとセンスで作ったジオラマの展示や、小名浜の昔の写真を展示する「小名浜昔写真館」、ハンドメイドをはじめとした素敵なアイテムが揃うマルシェイベントなど、芸術祭関連企画が多数同時開催されます。とてもたくさんのプログラムがあるので、詳しくは「小名浜本町通り芸術祭」のウェブサイトをご覧下さい。

 

 

小名浜本町通り芸術祭2017

開催日時:10/8(日)、10/9(月祝)10:00~17:00
開催場所:タウンモール・リスポ、銀座商店街、汐風竹町ポケットパーク(9日のみ)
入場料金:無料
ウェブサイト:https://onahamahonchostartfes.amebaownd.com/posts/3026802

 

INFO

10月7日から、南相馬で「相馬野馬追」をテーマにしたワークショップが開催されます。ワークショップでは、オリジナルの旗・馬・ジョッキー(武者)をつくります。騎馬武者とつくりながら、南相馬の伝統文化、「相馬野馬追」について、学びましょう。また、みんながつくった騎馬武者で南相馬を駆け巡る動画をつくります。

当日、作った騎馬武者が登場する撮影をするほか、後日みなさんが作った騎馬武者をもってアーティストが南相馬市の様々な場所で撮影を行います。完成した動画は、インターネットで配信され、南相馬と地場の生活文化を国内外へ発信することを目的としています。また、撮影後の騎馬武者は来年の植樹祭までの間、市内で展示されます。

 

 

【開催概要】
日 時:平成29年10月7日(土) 1回目 9時~12時 2回目 13時30分~16時30分
会 場:南相馬市博物館(〒975-0051 福島県南相馬市牛来出口194)
対 象:3歳〜  ※未就学児童は保護者同伴でお願いします。
定 員:各30名 ※定員となり次第、応募を締め切ります。
参加費:無 料
主 催:福島県 特定非営利活動法人Wunder ground
共 催:南相馬市立博物館
アーティスト:FRIDAY SCREEN

申込方法:「参加申込書」に必要事項を記入の上、faxまたはE-mailにてお申込みください。
Fax:0244-24-6933 またはWebフォーム http://friday-screen.com/minamisoma2017
応募期間 9月13日~
※お預かりしました個人情報は本事業の活動のご案内のみに使用し、第三者への提供、その他の目的には使用致しません。

お申込みお問合せ先:南相馬市博物館 〒975-0051 福島県南相馬市牛来出口194
Tel 0244-23-6421 (問い合わせ時間 9:00~17:00)/Fax 0244-24-6933
Mail hakubutsukan@city.minamisoma.lg.jp

アートによる新生ふくしま交流事業「アートで広げるみんなの元気プロジェクト」

 

EVENTSINFO

福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU-TOKYOでは、今年も県内の小中学校、高校等と連携した「学校連携共同ワークショップ」を展開していくことになりました。この事業は、アーティストを講師に招き、各学校で児童・生徒対象のワークショップを開催する事業です。招いたアーティストが学校に出向いて児童・生徒と交流しながら創作活動を楽しみます。日程と内容の詳細は、開催校の先生とアーティストが相談して決定します。

今年のアーティストは、伊達市出身のデザイナーでコラージュ作家の佐藤洋美さん。さらに、三春町デコ屋敷の工芸家、本家大黒屋21代当主の橋本彰一さんの2人。佐藤さんは、コラージュのワークショップ「紙で絵地図を作ろう」。橋本さんは張り子のワークショップ「デコって、張りこる〜!!」を展開して頂きます。福島藝術計画では、このワークショップを企画する幼稚園、小中学校、高等学校を募集しています。詳しくは募集要項をご覧下さい。

各ワークショップ、定員になり次第終了となります。お申し込みはお早めに。

【募集要項】
対象:福島県内の幼・小・中・高等学校
開催日時:2017年9月~12月(1ワークショップを2~3 回程度にわけての開催も可能です(応相談)。
開催場所:各開催校
経費:応相談(基本的には無料です。)
申込み期間:7月20日(木)より随時受付(10月末まで)※各ワークショップ、定員になり次第終了
事前打ち合わせ:夏季休業期間や休日に美術館で事前打合わせを行う予定です。お申込みの際は、ご希望のワークショップをお選び頂き下記の必要事項の内容とと
もに、ご連絡ください。
○電話:024-531-5511(学校連携共同ワークショップ係)
○FAX:024-531-0447(学校連携共同ワークショップ係)
○ネット:当館ホームページ☞教育普及☞学校との連携
必要事項:①お名前 ②学校名 ③学年 ④参加人数 ⑤参加形態(クラス・部活動・学年など)⑥連絡先(住所・電話番号)⑦希望するワークショップ名
お問い合わせ:福島県立美術館 電話TEL: 024-531-5511(学校連携共同ワークショップ係)
その他:お申込み頂いた後、担当より必ず確認のご連絡をいたしております。
※FAXによるお申込みの際は、確実に送信出来ているかをご確認ください。
※お申込み頂いたお名前や連絡先等の個人情報は、本事業の目的以外には使用いたしません。

 

【ワークショップ紹介と作家プロフィール】
紙で絵地図を作ろう
みなさんの暮らす町には、何がありますか? 山や海が見える? かわいい草花が咲いている? どんなお店がある?お家の屋根は何色だろう? 近所のお店でもらう包装紙や、家にある紙を集めて、紙を切ったり、貼ったり、やぶいたり、紙の持つ表情を楽しみながら自分たちの町の地図をつくりましょう! 見慣れた毎日の風景も、いつもより少し注目して観察してみると新しい発見があるかもしれません。自分たちの町のワクワクする風景が目の前に広がって、昨日よりももっと毎日が楽しくなりますように。
◉開   催  9 月以降に随時開催
◉受 入 校  幼・小・中・高あわせて5 校程度
◉人   数  一度につき最大40 名(それ以上の場合は、分けて、別な時間、別な日程で調整可能)
◉事前打合せ  三者(作家、先生、美術館スタッフ)で美術館にて
◉日   程  2~3日間の開催可能

作家:佐藤洋美(デザイナー/コラージュ作家)
1985年 伊達市出身。多摩美術大学 造形表現学部を卒業後、GRAPH入社。北川一成に師事。「捨てられない印刷物」づくりに携わる一方で「捨てられた印刷物」を収集し、コラージュ制作も続ける。現在キャッサバ コラージュデザイン代表。コラージュや印刷を駆使した、手触りのあるデザインを提案。いわきうふふ便(いわき )、ナラノハ(楢葉)、はじまりの美術館《絶望でもなく、希望でもなく》(猪苗代)等、県内でのデザイン多数。2014年 時計ブランド「Time Lag」を開始。

 

デコって、張りこる〜!! 〜不思議で楽しい張り子づくり〜
「張って子ができる」。一つの型に紙を張ることで次々に子が生まれる、という張り子の技法を生かして、色々なかたちの張り子作りに挑戦しよう! つくる張り子は、色も形もみんなそれぞれ。でも、みんなの張り子を組み合わせると、街になったり、森になったり、大きな動物になったりして? さあ!みんなでデコって、張りこる~!!
◉開   催  9 月以降に随時開催
◉受 入 校  幼・小・中・高あわせて5 校程度
◉人   数  一度につき最大20 名(それ以上の場合は、分けて、別な時間、別な日程で調整可能)
◉事前打合せ  三者(作家、先生、美術館スタッフ)で美術館にて
◉日   程  2~3日間の開催可能

作家:橋本彰一(工芸家/デコ屋敷本家大黒屋21代当主)
郡山市出身。1997年~2003年 福島県立高校で美術教師、2003年 家業(張り子作り)に戻り修行、2008年 株式会社デコ屋敷大黒屋を設立、代表取締役就任、2010年 デコ屋敷本家大黒屋21代当主、2012 年 REVALUE NIPPON PROJECT参加、2015 年 ほくほく東北展(はじまりの美術館)

 

INFO

昨年、二本松市で開催された福島ビエンナーレ。そこで生まれた「重陽の芸術祭」という企画が、今年も二本松を中心に開催されます。「重陽」とは、日本酒に菊を浮かべて不老長寿を願う節句を指し、二本松城(霞ケ城)は全国一の規模をほこる菊人形祭が開催されており、菊は古来より薬草としても用いられ、延寿の力があるとされてきました。菊を眺めながら宴を催し、菊を用いて厄祓いや長寿祈願をする「重陽の節句」は、五節供の中で最も重要な日でした。その日に合わせて開催されるのが、この重陽の芸術祭です。

主な参加アーティストは、オノ・ヨーコ、清川あさみ、京極夏彦、小松美羽、月岡芳年、福井利佐、ヤノベケンジ、夢枕獏、ワタリドリ計画ら。古き良き伝統を残す二本松で、現代芸術の担い手たちは、どのような作品を見せてくれるのか。ぜひ会場に足を運んでお楽しみ下さい。

 

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アートフェスティバル「重陽の芸術祭」

【開催主旨】
「重陽の芸術祭」は、2016年から二本松市で開催されてきた現代アートの祭典です。最先端のアートを通して、地域の文化に触れる機会や,国際交流を活性化させる場を設けています。開催初日となる9月9日の「重陽」は、日本酒に菊を浮かべて不老長寿を願う節句です。二本松城(霞ケ城)は全国一の規模をほこる菊人形祭が開催されており、菊は古来より薬草としても用いられ、延寿の力があるとされてきました。菊は他の花に比べて花期も長く、日本の国花としても親しまれています。菊を眺めながら宴を催し、菊を用いて厄祓いや長寿祈願をする「重陽の節句」は,五節供の中で最も重要な日でした。

「重陽の芸術祭」では、菊と日本酒による「重陽」を主軸に、安達が原の「黒塚」の鬼婆伝説,永遠の愛を詠った「智恵子抄」に関連した現代アート(絵画,彫刻,工芸,インスタレーション、ダンスや詩のパフォーマンス、ビデオアート、アニメーション、映画)などを紹介するとともに、ワークショップやシンポジウムを開催します。

東日本大震災後、福島県は原子力発電所の事故によって、伝統的な文化が失われつつあります。地域の芸術活動の支援も少ない状況にあるでしょう。福島の伝統文化と東日本大震災後のFUKUSHIMA をキーワードに開催する「福島ビエンナーレ」は、創作活動、鑑賞活動、体験活動を通して、人々が幅広い「藝術」に触れ合い、集い、交流する機会を設け、地域文化を活性化させる一役を担うなかで、福島に芳醇な文化を実らせていきます。

【開催概要】
会期:2017年9月9日〜10月28日
会場:
二本松市会場:福島県立霞ヶ城公園 二本松城(霞ヶ城)、本丸跡、「二本松の菊人形」(主催:一般財団法人二本松菊栄会)、二本松市智恵子記念館 智恵子の生家、二本松市大山忠作美術館、天台宗真弓山 観世寺、二本松安達文化ホール、安達ヶ原ふるさと村、道の駅「安達」智恵子の里、岳温泉
福島市会場:福島大学

【展示】
9月9日~10月28日

・二本松城(霞ヶ城)本丸跡(郭内4丁目地内)※国指定史跡:オノ・ヨーコ、ヤノベケンジ
・福島県立霞ヶ城公園 「二本松の菊人形」/「百菊夜行」福島大学
・二本松市智恵子記念館・智恵子の生家 :高村光太郎,高村智恵子、清川あさみ
・ 安達ヶ原ふるさと村(9:00~17:00/会期中無休/入場無料):月岡芳年、手塚治虫、夢枕貘、岩根愛、小松美羽、福井利佐、浅尾芳宣(ガイナックス)、福島大学学生、Dillon Rapp、J.Pouwels、Alberto Giacometti、Ahmad Galal
・ 岳温泉:ワタリドリ計画(麻生知子,武内明子)
・福島大学:映画『黒塚』 制作:はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト
《KUROZUKA 黒と朱》2014年,主演:平山素子(舞踊家),高明
《KUROZUKA 黒と光》2015年,主演:大野慶人(舞踏家),古田晃司
《KUROZUKA 闇の光》2016年,主演:舘形比呂一(舞踊家)
《阿武隈川》和合亮一,嶺隼樹

【イベントスケジュール】
■ 展示 9月9日〜10月28日
■イベント 9月9日
重陽の乾杯 13:00〜二本松城(霞ヶ城)本丸跡
朗読音楽劇 「黒塚」 18:30〜 安達が原ふるさと村 農村生活館
原作・詞: 佐藤雅子、作曲・演出:三平典子
10月5日 18:00〜智恵子・レモン忌智恵子の生家:ダンスパフォーマンス(二瓶野枝)、朗読(大山采子)
10月15日  安達文化ホール シンポジウム「黒塚」(安達文化センター):パネリスト:夢枕獏,京極夏彦,東雅夫
10月28日  映画『黒塚』上映会 福島大学 学園祭会場
《KUROZUKA 黒と朱》2014年,主演:平山素子(舞踊家),高明
《KUROZUKA 黒と光》2015年,主演:大野慶人(舞踏家),古田晃司
《KUROZUKA 闇の光》2016年,主演:舘形比呂一(舞踊家)
《阿武隈川》和合亮一,嶺隼樹
■ワークショップ
9月10日:上川崎の和紙でつくる絵葉書:ワタリドリ計画
9月17,18日:上川崎の和紙でつくる切り絵:福井利佐

【実施体制】
主催:重陽の芸術祭 実行委員会
共催:二本松市/二本松市教育委員会/株式会社二本松市振興公社
はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト 安達ヶ原の鬼婆伝説「黒塚」
助成 平成28年度福島県地域創生総合事業
株式会社レーサム
後援:福島県/福島県教育委員会/福島市/福島市教育委員会/福島民報社/福島民友新聞社/朝日新聞福島総局/毎日新聞福島総局/読売新聞福島総局/河北新報社/福島リビング新聞社/福島中央新報社/NHK福島放送局/福島テレビ/福島中央テレビ/福島放送/テレビユー福島/ラジオ福島/ふくしまFM/福島コミュニティ放送FMポコ/株式会社ぶらっとWeb放送

【重陽の芸術祭実行委員会】
実行委員長:鈴木隆(㈱二本松市振興公社 ゼネラルマネージャー)
副実行委員長:安斎文彦(にほんまつ観光協会 会長)、太田 英晴(株式会社 大七酒造 代表取締役社長)、大山 采子(大山忠作美術館 運営協議会 特別顧問)
芸術監督(総合ディレクター):渡邊晃一(福島大学 教授/芸術による地域創造研究所 所長)

 

INFO

震災後の2012年から続けられている「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」の関連企画が郡山で開催されます。郡山女子大学と、安積歴史博物館の2カ所で、作家による作品展示、トークイベントやライブなどが予定されています。テーマは「文化芸術で伝える考える福島の今」。私たちが経験した震災と原発事故に、文化や芸術の担い手たちはいかにして対峙しようとしたのか。会場に展示された様々な作品や、関連トークイベントから感じ取って下さい。

展示では、写真家の岩根愛、同じく写真家の高杉記子、フードアーティストの中山晴奈、歌手で女優の玉井夕海が参加したワークショップの映像等を展示します。また、トークイベントでは、標葉せんだん太鼓保存会会長の横山久勝さんをゲストに、アーティストたちが文化保存について語ります。また、安積歴史博物館では、「被災地のあなたへ―今、郡山で話す福島」をテーマに、ラッパーの狐火と、華道家の片桐功敦が対話。福島にまつわる芸術、表現活動について考える、大変有益な場になりそうです。

ぜひふるってご参加下さい。

 

【郡山女子大学会場】

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【安積歴史博物館会場】

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はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト2017
企画展「芸術文化で伝える考える 福島の今、未来 in KORIYAMA

【開催主旨】
はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトは、2012年から福島県立博物館が福島県内の文化施設、大学、NPO等と行っているアートプロジェクトです。福島県の文化や自然の豊かさの再発見と、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故以降に福島がおかれた状況を芸術文化的アプローチによる共有・発信し、地域再生・地域創生とつなげることを目的としています。その活動成果を通して福島の課題を共有しようとする「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト成果展」。今年度第1回目の成果展は郡山市内の2カ所で開催します。

郡山女子大学会場では巨大災害・事故を乗りこえていく文化の力をテーマとしました。震災と原発事故により多くの被害を受けながらも、祭礼を続け、あるいは復活させた人々。写真家の岩根愛さんは双葉町の標葉せんだん太鼓保存会のみなさんを、写真家の高杉記子さんは相馬野馬追の騎馬武者を追いかけました。はま・なか・あいづそれぞれの地域に応じた豊かな食文化をリサーチしたのはフードアーティストの中山晴奈さん。土地の生命そのもののような、いわき市でのアートワークショップを通じて生まれた子どもたちの作品もご覧頂き、土地に根ざした文化が持つ力を伝える作品を展示します。また、本展にあわせて郡山女子大との協働により実現した双葉町の盆踊り幟制作や、郡山女子大所蔵の飲食器の活用も展示でご紹介します。

安積歴史博物館会場では、福島の現実を見つめた二人の作家の作品を展示します。写真家の土田ヒロミさんは定点観測のように2011年以降の福島の風景の撮影を続けています。変容する風景はその意味を私たちに問いかけます。華道家の片桐功敦さんは2013・2014年度に本プロジェクトに参加。津波被災地を巡り、亡くなった命に手向ける花を活け写真に記録しました。この機会にぜひ多くの方にご覧いただき、文化の力と福島の未来をみなさんと考えるきっかけにできればと願っております。

【会場】
郡山女子大学建学記念講堂展示ロビー(〒963-8503 郡山市開成3丁目25-2)
安積歴史博物館ギャラリー(〒963-8851福島県郡山市開成5丁目25-63)

【企画展会期】
郡山女子大学:平成29年9月6日(水)~9月18日(月・祝)
安積歴史博物館:平成29年9月13日(水)~29日(金)※9月19日(火)、25日(月)は休館日

【観覧時間】
10:00~17:00(入場は16:30まで)

【入場料】
無料 ※安積歴史博物館の展示を観覧される場合は、別途入館料が必要

【主催】
郡山女子大学:はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会(事務局:福島県立博物館)
郡山女子大学・郡山女子大学短期大学部
安積歴史博物館:はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会(事務局:福島県立博物館)

【後援】
郡山市教育委員会

【展示作品】※展示作品は変更になる場合があります。
郡山女子大学
「Island in my mind,Futaba」【写真作品】作者:岩根愛(写真家)
「Fukushima Samurai」【写真作品】作者:高杉記子(写真家)
福島祝いの膳プロジェクト 作者:中山晴奈(フードアーティスト)
夢の学び舎―いわき学校プロジェクト
「好間土曜学校」【ワークショップ映像・制作作品】担当作家:中津川弘章(アーティスト)
「豊間ことばの学校」【ワークショップ映像】担当作家:玉井夕海(歌手・女優)

安積歴史博物館
「願う者は叶えられるか」【写真作品】作者:土田ヒロミ
「sacrifice」【写真作品】作者:片桐功敦(華道家)

【関連企画】
【トークイベント+標葉せんだん太鼓公演】
「文化でつなぐふるさと」
講師:岩根愛(写真家)、横山久勝(標葉せんだん太鼓保存会会長)、今泉春雄(同会副会長)
聞き手:塚本麻衣子(福島県立博物館副主任学芸員/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局)
公演出演:標葉せんだん太鼓保存会のみなさん
会場:郡山女子大学建学記念講堂
日時:平成29年9月9日(土) 14:00~16:30  無料・申込不要

【トークイベント】
「福島祝いの膳 土地の恵み、人の知恵
講師:中山晴奈(フードアーティスト)、野澤謙治(郡山女子大学短期大学部文化学科教授)
聞き手:小林めぐみ(福島県立博物館主任学芸員/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局)
会場:郡山女子大学建学記念講堂展示ロビー
日時:平成29年9月17日(日) 14:00~15:30  無料・申込不要

【トークイベント+ライブ】
「被災地のあなたへ―今、郡山で話す福島」
講師:片桐功敦(華道家)、狐火(歌手)
聞き手:川延安直(福島県立博物館専門学芸員/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局)
会場:安積歴史博物館ギャラリー
日時:平成29年9月18日(月・祝)13:30~15:30  無料・申込不要

【ギャラリートーク】
講師:岩根愛(写真家)、福島県立博物館学芸員)
会場:郡山女子大学建学記念講堂展示ロビー
日時:平成29年9月9日(土)13:00~14:00

はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト詳細はこちら→http://hamanakaaizu.jp/

INFO

今年も、福島県立博物館が主体となったプロジェクト「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」がスタートします。10月、いわき市のいわきアリオス中劇場で、震災・原発事故と文化財について広く考えるシンポジウムが開催されることになりました。建築学、民俗学、現代美術などの専門家や研究者、博物館や美術館の学芸員らが多数集まり、専門領域で完結しがちなテーマを活性化し、広く「厄災と文化財」について討議します。ぜひお集まり下さい。

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平成29年度文化庁美術館・歴史博物館支援事業 はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト2017
福島交流・発信プログラム 震災・大事故と文化財を考えるプロジェクト
シンポジウム 厄災の記憶 その表象可能性
Symposium Memory and representation of catastrophe — the potentiality and responsibility

【開催趣旨】
東日本大震災、それに続く東京電力福島第一原子力発電所事故は様々な領域、分野にこれまでにない対応を迫った。文化財〈モノ〉もその一つである。従来、中長期的なプロセスを経て保管されていた考古資料・民俗資料といった文化財〈モノ〉が、緊急措置的に原発事故による避難指示区域から搬出され、一時的とされる収蔵場所に移動、収蔵された。文化財レスキューと呼ばれるこうした活動は一定の成果を上げ、帰還政策と合わせ文化財は元の地域へ戻される準備が進んでいる。

が、未だ帰還困難区域を抱える市町村では文化財の帰還は果たされていない。そして、震災の記憶を刻んだ多様なモノが震災遺産として現在も活発に収集されている。こうしたモノたちは、記憶の器となり得るのか、将来何を語るのか、文化財となるのだろうか。本事業は、こうした福島の文化財が置かれた状況を福島のみの課題とせず、フクシマ後の文化財と文化をめぐる制度、言説を考える場としたい。

文化財に関わる学芸員・研究者、各地の災害の記憶を継承するミュージアムの学芸員・研究者・アーティストらが一堂に会し、互いの専門領域からフクシマを語ることで、ともすれば専門領域で完結しがちなテーマを活性化し、震災から6年を経過した福島と文化財をめぐる言説の記録とする。シンポジウムは藤井光が撮影・編集し、美術作品としての強度を持った映像作品として2011年以降の文化・文化財をとりまく事象を記録したアーカイブとなることも企図する。

【開催概要】
日時:10月5日(木)15:00〜18:00
会場:いわき芸術文化交流館アリオス 中劇場
参加費:無料
申込:不要
主催:はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会
協力:「寄留者たち」実行委員会、カディスト美術財団
企画・撮影:藤井光

【登壇者】
五十嵐太郎(東北大学大学院教授/建築学)
市田真理(第五福竜丸展示館学芸員)
内山大介(福島県立博物館学芸員)
香川檀(武蔵大学教授/表象文化論・近現代美術史)
加藤幸治(東北学院大学教授/民俗学)
蔵屋美香(東京国立近代美術館企画課長)
五野井郁夫(高千穂大学教授/政治学・国際関係論)
小林めぐみ(福島県立博物館学芸員)
高橋佳代(広島平和記念資料館学芸員)
藤井光(美術家・映画監督)
本間宏(福島県文化財センター白河館まほろん学芸課長)
吉野高光(双葉町教育委員会生涯学習係長、元双葉町歴史民俗資料館学芸員)

【はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトとは】
福島県立博物館が福島県内の大学、文化施設、NPO等との連携により2012年から実施しているアートプロジェクト。はま(福島県の太平洋側)、なか(東北新幹線、東北自動車道が貫く福島県の中央部)、あいづ(新潟県に隣接する福島県の山間部)で展開する活動を通して、福島の文化・歴史・自然の豊かさを再発見すること、福島が抱える課題を共有し共に考える場を生み出すことを目的としています。2017年度は、7つのプロジェクトを実施。
詳しくはこちら → hamanakaaizu.jp

【お問合せ】
はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局
〒965-0807 福島県会津若松市城東町1-25(福島県立博物館内)
tel:0242-28-6000(福島県立博物館代表)*毎週月曜日、祝日の翌日は休業。
fax:0242-28-5986(福島県立博物館内)
はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトHPのお問合せフォームも御利用ください。

 

INTERVIEWmanaviva

富原 聖一さん(獣医/アクアマリンふくしま・アクアマリンふくしま環境研究所)

価値を生み出せなければ多様性は守れない

暖流と寒流がぶつかり合い、全国有数の漁場として知られる常磐沖。いわきの海の多様性を語る上で欠かすことのできない場所です。2つの海流がぶつかり合うことから「潮目の海」とも呼ばれる常磐沖。その海を展示物として再現しているのが、水族館「アクアマリンふくしま」です。同水族館で様々な活動をしている獣医の富原聖一さんに、いわきの海の多様性や豊かさについて話を伺いました。海の豊かさ、多様性を守るために、わたしたちが心がけるべきものとは?

―いわき市小名浜の「アクアマリンふくしま」。水族館として、また、いわきを代表する観光地として、多くの観覧客を受け入れている水族館です。海獣や魚の展示だけでなく、魚に直接触れることのできるタッチプールや釣り堀、子どもたちへの体験プログラムなども充実しており、食育の場としても知られるようになりました。

最近でも、メイン展示の前でお寿司が食べられるという企画が注目を浴びています。アクアマリンふくしまのメイン展示が、暖流の海と寒流の海、2つの海を展示した「潮目の海」。地元の海である常磐沖の海を再現した展示です。暖流側では大量のイワシが渦をつくり、その周囲をものすごいスピードでカツオが回遊しています。かたや寒流側では、岩場に隠れたメバル、ゆったりと泳ぐマダラなど、冷たい海域の様子が再現されています。また、2つの水槽の間に作られた三角形の通路も、水族館のシンボルとして多くの人たちの目を楽しませてきました。

富原さんの担当は、傷ついた海に棲む野生動物や野鳥の保護をする仕事。オットセイ、イルカ、あるいは渡り鳥など、福島県内で発見された鳥獣を捕獲し、病気やケガなどに対する処置を施したあとで、自然に戻すというものです。なかでもよく保護されるのがオットセイ。暖かな気候で知られるいわきでオットセイというと意外に思われる人も多いかもしれませんが、いわきの海では、よく見られるそうです。

富原 今もオットセイを1頭保護しています。2017年の1月22日に勿来の火力発電所の砂浜に打ち上がっていたのを保護しました。右目が潰れて衰弱していました。おそらく、目の傷から病気になったんでしょう。抗生剤を与えたところ回復したようで、その日のうちにエサを食べていました。今はだいぶ太ってきましたね。プールで泳がせて魚を獲らせてみたら、ほぼ百発百中でした。もう放しても大丈夫だろうと考えています。

オットセイは基本的に北国の海に生息する動物です。ですからいわきの海も北国の海に属するということです。オットセイは親潮に乗って餌を追いながら南に下ってきます。餌がないところにはやってきません。つまり、いわきの海は、オットセイが食べるような魚がたくさん生息している海域だということになります。特に大好きなのがタラです。タラの魚群が南下すると、それを追ってやって来るんです。常磐沖を含む三陸沖は、世界三大漁場の1つです。寒流と暖流がぶつかり合い、プランクトンが大発生するので、それを餌にする魚たちがたくさん集まります。当然、魚を餌にする海獣やクジラなどもやってきます。

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保護中のイルカをバックヤードツアー中の方に解説する富原さん。

人間も同じですね。この潮目の海の魚を獲るために、三陸から常磐、千葉沿岸の港では遠洋漁業が盛んに行われてきました。小名浜港もそうです。サバとかイワシ、サンマなどといった魚が巻き網漁でたくさん水揚げされました。サンマといえば、いわきはサンマのみりん干しの発祥の地です。実は、私の出身である大阪の人たちはよくみりん干しを食べるんですよ。硬くてガリガリのヤツが人気で、小名浜産のものも結構あります。大阪向けにわざと硬めに作ってあるんでしょうね。私もよく食べていましたよ。サンマは、常磐沖の漁業の豊かさを象徴する魚の1つですね。

普通の魚、だからこそ

―大小さまざまな港を持ち、漁業が盛んないわき市。富原さんの言うように、サンマはいわきを代表する魚の1つです。かつては全国有数の水揚げ量を誇り、サンマのポーポー焼きやみりん干しといった独自の食文化を形作ってきました。アクアマリンふくしまでも、開館当時は全国初の「サンマの展示」が話題になりました。イルカやマンボウやクジラなど、水族館のアイコンになりそうな動物ではなく、敢えてサンマを展示した理由は、どこにあったのでしょうか。

富原 この水族館を作る時に何か目玉が欲しいという話になったんですが、イルカやマンボウじゃつまらないと。それで、サンマの水揚げがかつて日本一になっていたこともあったので、サンマの水族館を始めようということになったという経緯があります。ただ、大前提としては、普通の魚がどうなっているかって実はあまり知られていないので、それを知ってもらいたいというのが一番先にありました。

普通の魚だからといって飼育しやすい魚というわけではありません。サンマを展示するためには、卵から獲って育てなければないけないんです。だから当初は「卵から育てる水族館」というキャッチフレーズでPRしていました。そこには、資源を大事にしようというメッセージも込められていました。水槽内で産卵させ、稚魚を育て、環境に圧力をかけないような水族館の展示方法を模索しようじゃないかというわけです。資源保護を念頭においた展示は、今でこそ全国の動物園や水族館が模索していますが、それを先取りしていたのがアクアマリンだったんです。

来年度は、もう一度サンマに力を入れる予定です。サンマって、たくさんの人が食べているわりに、生態についてはあまりよく知られていません。それをもっと知らせていきたいという、いわば原点に立ち戻るということでしょうか。サンマの寿命を知ってますか? 1年とか2年なんですよ。寿命が1年から2年の魚を、常に大きいまま展示するのはとても難しいんですが、来年度はそのあたりをうまく改善できれば良いなと思っています。

多様性は守ろうとしなければ維持できないものだという富原さん。
多様性は守ろうとしなければ維持できないものだという富原さん。

いわきはサンマやカツオの水揚げがあるので、地元にいると食べられて当たり前という感覚があると思いますが、当たり前のものをちゃんと守ろうという意識を持たなければならないと思います。当たり前じゃないもの、特別なものを守ろうとしてしまいがちですが、本当は当たり前のものを守ろうとしなければいけないはずなんです。

当たり前のものって、なくなったら困るものだからです。たまたま福島に魚の群れがドンと入ってきてたくさん穫れてるよ、という魚より、昔からたくさんいる福島のものを大切にするというのが重要です。なぜならそれが地域の多様性を守ることにも繋がるからです。地域特有なものを守っていくことが、地方の自立や独立に繋がっていきます。全国どこでも同じようなことをやっていたらダメなんです。その意味では、色々な魚が獲れる常磐沖の海があるというのは、いわきの武器だと思いますし独自性にも繋がります。生物や食の多様性にも寄与するはずです。

多様性は守ろうとしなければ守れない

―確かに、いわきの海は豊かだったかもしれません。しかし、震災前から、水揚げ量の減少や単価の低下が叫ばれていました。漁業資源は「有限」のもの。獲り尽くしてしまえば、あっという間に資源は枯渇してしまうのです。いかに漁業資源を保護しながら魚を獲っていくのか。富原さんは、単に資源保護を叫ぶのではなく、魚のことを知り、価値を高めていくことが重要だと語ります。

富原 小名浜でもよく「昔はよかった」なんて話は聞きます。北洋漁業の時代ですよね。北洋で非常に潤っていた時代に200カイリ問題ができて、その海域で獲れなくなってしまった。そこから衰退が始まったわけですね。そこから抜け出さないといけないと思う一方、正直なところ、それを見つめ直すのが遅すぎた気がします。ただ、震災がいいきっかけになる可能性もあります。

月に一度、市内の民間の調査チームと合同で福島県沖の海洋調査をしています。その調査でも強く実感するところですが、やっぱり魚って穫らなかったら増えるんですよ。サイズも大きいものが出回るようになりましたよね。ヒラメにしてもヤナギガレイにしても、今まではそんないいモノ見たことないぞって、そういう形のいいものが入るようになってきました。それを守っていく必要があると思います。

アクアマリンでも資源管理についての啓発が行われてます。「ハッピーオーシャン」という名前なのですが、資源管理の観点から「穫っていい魚」とか「たくさん食べていい魚」とかを決めて、消費者の側から漁師さんに訴えかけるという取り組みです。潮目の大水槽の前の寿司カウンターで提供される寿司のネタも、充分に資源がある魚種を選んで提供しています。単においしい寿司を食べようっていうわけじゃないんです。資源の多様性や豊かさを守るためには、魚の価値を高める必要があります。

月に一度行われる海洋調査。福島第一原発前で行われている。
月に一度行われる海洋調査。福島第一原発前で行われている。

価値のない魚だと思われていると値がつかないので簡単に廃棄されてしまったりするんです。だから、おいしいかとか、高く売れるかとか、価値に気づくことが最初の一歩になります。いわきでは「メヒカリ」でそれに成功しています。メヒカリに価値がある町になったので、他県産のメヒカリを持ってきても売れるようになりました。メヒカリが産業として守られているからこそ、資源を守ろうという意識が生まれるわけです。

正直なところ、いわきでは、あまり魚の資源管理には目が向けられてきませんでした。言い換えれば、魚の価値を高められていなかったということです。価値が認められないと安く買い叩かれます。すると、安さをカバーするために量を獲らなければいけなくなり、資源が枯渇してしまうわけです。魚を味わって、価値を知って共有する場がもっとあれば、魚の価値も高まり、資源管理への関心も湧くはずです。それには経済活動を回していくことが必要なんですね。

価値を高めなければ文化を残すことはできない

―いわきが誇る漁業資源の豊かさや多様性。それは「勝手に」もたらされるわけではなく、人間と自然の「バランス」が保たれて初めて享受できるものなのかもしれません。そのためにも、価値に気づき、その価値を守ろうとしなければならない。富原さんが語る言葉には、自然や生物、そして文化と関わる人としての責任と矜持がありました。

富原 僕の考えは、基本的にすべての自然は人間が手を加えるべきだという考えです。ここまで人間の活動が大きくなったからには、イノシシにしろ、クジラにしろ、人間の活動から離れられる野生動物はほとんどいません。人間が手を加えることで維持していく必要があります。そこで重要なのはバランスです。増やせ増やせとやってしまうと、増えた動物の代わりに何か別の動物が減ってしまったり。バランスを見てあげなければいけません。そのバランスは、人間でないと管理できないんです。

魚のバランスで言えば、漁師さんの数もそうですね。今は徐々に徐々に漁師さんが減っています。漁師が減ると魚は増えるはずなんです。でも頑張って漁業を振興すればするほど漁師さんが増え、その結果魚を穫り尽くしてしまうと、みんなの首をしめてしまう。今はそういう状況になっているんじゃないかなと思っています。もっと総括的に資源量を考えながら魚を穫っていかないと、資源は回復していきません。エサの生物も私たちが食べるおいしい魚も無限の資源ではないんです。生物の多様性を守っていくためには、人間の力が必要なんです。

一方、同じ多様性でも、文化や食の多様性という意味で言えば、時代によって消えてしまうものもあります。今では食べられなくなったものとか、着られなくなったものとかはたくさんありますよね。人の手で作るものですから、当然消えていくものは消えていきます。でも、消えないものもありますよね。消してしまったら勿体ない、価値があるんだと思われるものだからです。地域の武器になる、観光の資源になる、そういう利用価値があれば、文化は守られるということかもしれませんね。結局、自然環境も文化も、人間が守っていくものだということです。消したくないというものがあったら、価値を高めて、その価値を多くの人が共有できるようにしなければなりません。

例えば、いわきには多様性があると言っても、その価値が認められなければ忘れられてしまいます。文化やルールというのは時代によって変わっていきますし、進化というのは淘汰と隣り合わせです。厳しい淘汰に耐えられる文化が、結局は最後に残っていく。そうするためにも、いわきの文化の価値を自分たちで認め、高めていかなければなりません。アクアマリンも、そのための場所になっていきたいと思っています。

 

profile 富原 聖一(とみはら・せいいち)
1973年大阪生まれ。日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)獣医学科卒。
1999年から福島県いわき市小名浜にある水族館「アクアマリンふくしま」にて獣医師として勤務。
専門は魚病学、鳥獣保護。公認釣りインストラクターでもある。
現在はアクアマリン環境研究所にて放射線対策を担当。

 

INTERVIEWmanaviva

菅波 香織さん(弁護士/未来会議 事務局長)

多様な意見を受け止められる場を

震災と原発事故が生み出したコミュニティの分断。この大きな社会課題を解決するための糸口を探ろうと、「未来会議」という対話ワークショップが続けられています。発起人の1人が、弁護士の菅波香織さん。本業の傍ら、事務局長として様々な企画の運営に携わっています。原発事故で浮かび上がった考えの違いを受け止める「場」を、いかにして作っていくのか。当事者の菅波さんの言葉を借りながら、震災後のいわきにおける場づくりについて考えます。

―いわき市を舞台に2013年から続けられている「未来会議」。震災と原発事故について、現在の生活について、あるいは未来のまちづくりについて、多様な人たちが言葉を交わす対話の場です。特徴的なのが「相手の意見を否定しない」、「1 つの結論に導かない」といったルール設定。お互いの意見を戦わせながら結論を導き出す討議・討論の場ではなく、誰かの話に耳を傾け、自分の気持ちを吐露できる場として機能するよう、慎重なナビゲーションのもとで運営されています。これまで15回を超えて開催されてきた本会議以外にも、双葉郡の有志による「双葉未来会議」や、地域で活動しているゲストを呼んでお酒を飲みながら話を聞く「MIRAI BAR」など、スピンオフ企画も数多く誕生しています。

また、未来会議の参加者のなかから自ら活動する人が生まれたり、そこから新たな事業が生まれたりと、地域に様々な波及効果が生まれています。未来会議の種は、浜通りのあちらこちらに芽を出し始めているようです。菅波さんは、その未来会議の事務局長。本業は弁護士であり、5人の子を持つ母親でもあります。弁護士として、そして母として奔走する傍ら、未来会議の事務局長として、様々な企画や運営に関わり、メンバーとともに未来会議を育ててきました。菅波さんは、なぜこのような多忙の合間を縫ってまで対話の場づくりを続けているのでしょうか。

菅波 わたしのモチベーションは、地域の分断という辛い状況が続くなかで、対話の場を体験することが、分断をちょっとだけ乗り越えるヒントになるんじゃないか、だからそういう場を作りたい、ということです。ただ、対話の場といっても意見を闘わせる場ではなくて、話を聞くということが基本になっていて。

今も未来会議に関わって頂いているファシリテーターの田坂逸朗さんの考えが強く影響しているのですが、その田坂さんが重んじているのが「ワールド・カフェ」という手法です。ワールド・カフェの目的は相互理解を深めることで、問題を解決するとか、結論を出すとか、何らかの合意形成を図るものではなくて、ただシンプルに、誰かの話を聞き、自分の本当の気持ちを話すことです。そのために、「相手の話を批判しない」とか「1つの結論に導かない」とか、そういうルールを持ち込んでいます。

私が最初に参加した対話集会も、そのルールのおかげですごく盛り上がりました。みんな自由に話しているのに、ケンカは起きずに、「ああ、そういうことがあったんだ、知らなかったよ」みたいな気づきがあって。あの当時、自分たちがいかに大変だったかを立場を越えて話す場なんてなかったし、そういう対話の場を意識して作らないと、こういう話ってできないもんだなって強く感じました。

未来会議での菅波さん。自らもファシリテーションを学び、大小さまざまな企画を立ち上げている。
未来会議での菅波さん。自らもファシリテーションを学び、大小さまざまな企画を立ち上げている。

これまでに未来会議に参加してくれた方からは、「自分と違う意見を聞くと今までは我慢できずに反論しちゃってたけど、自分と違う意見に耐えられるようになった」というような反応がけっこうあります。私自身も、対話の場に行くと自分の中の気持ちや頭のなかを整理できたり、前向きな気づきが得られることが多いですね。対話を通じて、自分を客観視できるようになるからかもしれません。

ただ、それだけ自由に話す場なので、余計に強い分断が生まれてしまうこともあります。特に、原発事故直後の食の安全に関する問題は、誰かを守ろうとするほど誰かを傷けてしまう、というようなことがあって。分断を超えるための話をしにきたのに、現実では傷つきを伴ってしまう、みたいな。私自身も、会を運営するなかで、悩んだり傷ついたりすることも多くありました。でも、今では傷つくことを恐れなくなったというか、そもそも傷つくものなんだというふうに思えるようになりました。傷つくことに慣れていった先に何か見えないかなって。

そこで大事なのは友だちになっちゃうってことだと思うんです。自分の考えとは全然違うようなことを言われてしまったとしても、友だちだったらまだ傷は浅くて済むっていうか。また繋がりを求めたくなって、傷も回復していくと思うんです。だから、未来会議って、結局はいろいろな人たちと友だちになってしまう場なんじゃないかって思うし、私自身も、単純にいろんな人たちと友だちになりたいから未来会議を運営してるのかもしれません。

―違うことは、ネガティブなことじゃない

―原発事故以降、双葉郡からの移住者や避難者を受け入れるいわき市では、復興や賠償のあり方、あるいは食の安全など、様々な領域で「意見の食い違い」が表面化してきました。そしてその多くは、賛成/反対、安全/危険、といった二元化した議論になり、社会の分断をより大きなものにしています。考え方の違い、意見の違い、状況の違い。原発事故がもたらした社会の分断とは、まさに「違い」そのものであったようにも見えます。しかし、菅波さんは「違い」は決してネガティブなものではないと言います。

菅波 未来会議では、皆さん割とハッキリと色々なことをおっしゃるので、その分「自分とは違うな」って思うことが増えたように思います。ただ、「違うんだな」って気づくことは決してネガティブじゃないと思うんです。だって、もともとみんなそれぞれ違う人間なんだし。だから、これって私にはない考えだなとか、この人のここはすごくいいなとか、違いをポジティブに捉えることができたらいいなっていつも思っていますし、そのための「否定しない」というルールなんだと思います。

私だって、事務局長やってるのに、どうしても感情が先走ってしまうところがあって。だから、未来会議のような対話の場を作ることで、ダメになりそうな自分に手かせ足かせをしているのかもしれません。感情に左右されちゃうようなダメな人間だから、そういうルールのある場に敢えて身を置くことで、自分をセーブしながら誰かの話を聞いて、そして自分を客観視するっていうか。未来会議は私にとってはそういう場でもあるんですよね。

もともと日本では「同じであるべき」ということが目指されてしまいがちで、みんな違うんだということを知るという場が少ないように感じています。今日、偶然読んだ本のなかで、こんなことが紹介されていました。保育園や幼稚園での集団生活というのは、皆と同じことができるようになる場ではなくて、みんなそれぞれ違うんだということを知る場なんだって。親のいない子もいれば、兄弟がいる子、いない子もいる。あれができる子もいれば、できない子もいる。そういう違いを知るのが保育園だと。

それと同じで、みんな違うんだっていうことを実感できるような場が、私たちにも必要なんだと思います。特に原発事故後は。でも、普段の生活環境だと、違いはネガティブなものとして受け取られやすいから、「否定しない」っていうルールが必要で。そのおかげで感情的なものが抑えられて、相手の意見を批判せずに受け止められるようになる、というか。未来会議のルールのおかげで、違いがポジティブに感じられるのかもしれません。

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違いを受け止めること。その第一歩は「話を聞くこと」だと菅波さんはいいます。

―多様な人たちの声に耳を傾ける

―コミュニティの分断を引き起こしている大きな要因の1つが、賠償に対する考え方。詳しい事情が知らされていないだけに、予断を生みだし、それが偏見や差別感情を引き起こしてしまっているのです。そうした状況に対峙していくため、菅波さんが意識していることが2つあるといいます。客観的な事実を共有すること、そして話を聞くこと。どちらも本業の弁護士としての経験から得られた教訓でした。

菅波 原発事故後、特に賠償のあり方に対する考えの違いが大きな分断をもたらしているように感じています。避難者にはあんなに賠償金が出るのに、いわき市民には何もないじゃないか、みたいな。ただ一方で、復興需要などで収入が増えたこともあって、いわき市では破産件数や犯罪が減ってきているという事実もあります。検察官もそれに合わせて減ってて、外から人が移住してきたから治安が悪くなったという言葉もあるけど、逆の捉え方もできるのかもしれません。

客観的な情報が伝わっていないなかで、恨みの感情が生まれてしまって、噂とかイメージだけで避難してきている人たちへ憎悪が向いてしまうということがあるのかもしれません。だから、どこかで自分が住んでいる地域のことを客観的に見れる場所、知れる場所がないといけなくて。そこではファクト、事実を伝えることが大事です。淡々と事実を共有することで、感情を超えていけることがよくあります。

でも、ファクトを共有することだけではやっぱり足りなくて、それぞれの考えを聞くってことも大事なんです。本業の弁護士の仕事も、仕事のほとんどは話を聞くことですから。私が担当するのは8割方離婚事件なんですけど、離婚って、理屈云々じゃないところの話で。だから、いかに感情を聞いて、どこに落としどころをつくるかを一緒に探ることが必要なんです。こうすべきだなって結論が自分のなかで生まれたとしても、ずーっと話をしていく。で、あとはもう、本人の気づきというか、判断がどこかで煮詰まるのかを待つしかないんです。結局、弁護士って働きかけをすることしかできないので。

客観的な事実をベースに、誰かの話に耳を傾ける。すると、その人のことを知れるだけじゃなくて、最後は自分の状況が客観的に受け止められるようになる、というか。未来会議に行くと自分の頭が整理できたり、ああ私がやりたかったことってこれだったって感覚になったり、そういう前向きな受け止め方ができるのも、話を聞くことを通じて、自分のことが整理できるからかもしれません。

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多様な立場の人たちがじっくり対話する「未来会議」。毎回たくさんの人たちが集まる。

―2月に開催された、一番新しい未来会議のタイトルは「浜通り合衆国」というもの。双葉の人たちとともに、自治体の壁をぶっ壊して、浜通りという地域の未来や、現状の問題を共有したいという思いから、そのようなタイトルになったと言います。立場も状況も違う多様な自治体に暮らす人々との共生。菅波さんの目は、いわきだけでなく、双葉郡との共生に向いているようです。

菅波 たしかに私のなかの大きな軸は「双葉郡との共生」になってきています。未来会議で、双葉郡の人たちとたくさん友だちになったからかもしれない。ただ、どうしても双葉郡とその周辺地域の問題って、放射能に対する認識の違いや、安心安全の議論から先に進めないという状況もあったりします。極と極で議論が二分化してしまって、話の落としどころがなくなってしまうという経験も何度もありました。だから、一緒に未来を考えるっていうことだと思うんです。

結局、この地域をどんな地域にしていきたいのか、いわきと双葉はどんな関係を築いていけるのか、その未来を考えるっていうか。イエスかノーかだと、答えはどっちかしかないんだけど、どんな風に? どうしたいい? って問いかけをすると、みんなそれぞれ答えは違いますよね。その違った答えを尊重できるようになったらいいなって思います。

個人的には、やっぱりお酒飲むのが好きだから、本会議もいいけど「MIRAI BAR」が好き。いろいろな人たちの話を聞きながらお酒を飲もうってイベントなんですけど、小さいイベントのほうがじっくりと向き合えるし、多様な考えが認められやすいような気がします。丁寧に話を聞ける環境だからかもしれません。否定しないで話を聞いて対話する、そういう小さな場所があちこちに生まれたら、もっとゆるやかに違いを受け止められる社会になっていくんじゃないですかね。

そして、それを繰り返していくことですよね。やっぱり私たちって忘れっぽいじゃないですか。情報はどんどん更新されて、復興も進んでいくんだけど、とても辛い思いをして、未だに避難が続いている人たちが8万人いるということを、やっぱり忘れてはいけないと思います。だから常に、知る、話す、聞く、そしてそれを繰り返す、っていう場を作っていきたいと思っています。

 

profile 菅波 香織( すがなみ・かおり)
福島県いわき市生まれ。1994 年磐城女子高校卒業。1998年東京大学工学部化学システム工学科卒業。
化学メーカーで研究員として勤務後、司法試験受験を目指し、2007年弁護士登録。
弁護士法人いわき法律事務所所属。5児の母。未来会議事務局長。
いわき市まちづくり市民会議委員、いわき市子ども子育て会議委員、いわき市男女共同参画審議会委員、
いわき市中心市街地活性化協議会(平地区)委員。

 

INTERVIEWmanaviva

北山 剛さん(NPO法人ソーシャルデザインワークス 代表理事)

文化芸術の力で地域を「ごちゃまぜ」に

今回は「文化の対象はどこまで広がっているのか」をテーマに、実際に文化の力を異業種に活用している人たちの実例を紹介します。お話を伺ったのは、いわき市と兵庫県西宮市で障害のある方への障害福祉サービス事業所を運営する傍ら、地域で様々な文化イベントを主催している、NPO法人ソーシャルデザインワークスの北山剛さん。障害福祉ならではのメソッドや地域づくりの話など、とても興味深いお話を伺うことができました。

―いわき市内郷に事務所を構えるソーシャルデザインワークスは、2013年に障害者の就労を支援する株式会社として誕生しました。 いわき市内郷にある障害福祉サー ビス事業所「ソーシャルスクエア」 を運営し、様々なカリキュラムを提供したり企業に掛け合ったりと、 障害のある人たちの就労をサポートしています。

会社の発足以降、 順調に成長してきた北山さんたちですが、障害福祉事業だけでなく 地域づくり事業を積極的に展開していくために、今年からNPO法人として再スタート。地域の「福祉力」を向上させるための様々な 取り組みをしています。北山さんたちが展開する活動の 1つが「ごちゃまぜ」というコンセプトを掲げたイベント。老若男女関係なく、みんなが一緒になっ て体を動かしたり、音楽を楽しん だりすることを通じて、国籍や性 別、年齢、宗教や障害の有無に関係 なく「ごちゃまぜ」な世界観を楽しんでもらうというものです。

直近のイベントでは、沖縄の伝統芸能「エイサー」で使われる「パーランク」という打楽器を作るワークショップを開催。東京の音大生や美大生なども協力し、 地域の人たちが「ごちゃまぜ」になって、打楽器作りや即興演奏を楽しみました。イベントの様子は、まるでアーティストを招いたワークショップそのもの。北山さんは、文化や芸術をどのように福祉に活かしているのでしょうか。

北山 福祉の業界で文化芸術をテーマにしたイベ ントを展開するのは、文化芸術に、日常生活の中で はなかなか刺激することのできない感性の部分に 訴える力があるからです。もっと簡単に言えば世界を広げる力があるということでしょうか。支援を受ける側、つまり障害のある方の世界を広げてくれるだけでなく、支援する側、僕たちスタッフの世界も広げてくれるんです。

様々な障害が原因で、自信を持てなかったり社会との接点を遮断してしまった方たちが、楽器やスポー ツなどに触れた途端に、日常では見せなかった新たな一面を見せてくれることがあります。それが大 事なんです。なぜなら、新たな一面を知ることで支 援の手法が変わってくるからです。この人にはこんな一面があったのか、この人にはこんな才能があっ たのかと新しい発見があると、それに合わせてカリキュラムを考え直したり、その方にかける言葉が変わったりするんです。つまり、文化芸術に関わることで新たな一面が見つかり、提供できる福祉の 質が上がるということです。

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いわき市内の寺院で開催されたパーランクのワークショップの模様。

それにもうひとつ。今、障害とアートというと「アールブリュット」という言葉がよく聞かれる ようになりました。それ自体、とてもすばらしい 取り組みだと思います。しかし、知的障害があって、 絵がとても個性的で、といった文脈が一人歩きしているような気がしています。そうでない人たちの表現はどうなるでしょう。本来は障害の有る無し、障害の種類に関わりなく、すべての人たちの表 現が受け入れられる場があって欲しいなと思うし、 それを作っていきたいと思っています。

そのような場づくりは、支援する側にもメリットがあります。僕たち障害福祉の業界では、障害のある方にとっての社会の接点が僕らしかないという場合が少なくありません。ですから、サービスを提供する側の世界を広げていくことが、障害のある方の世界を広げることにもなるんです。私たちが狭い世界しか知らないと、そういうサービスになってしまうということなんですね。私たちが文化芸術のイベントを企画するのは、より充実した福祉を実現したいから、ということに尽きます。

障害のある方たちが社会に出る、あるいは自立した生活を送るための支援をする時に最も重要なのがアセスメントです。アセスメントとは、利用者が何を求めているのかを正しく知り、それが生活の中のどんな状況から生じているかを確認することです。でも、その人をずっと同じ環境で、例えば毎日支援センターの中で見ていても、その人の一面を理解したことにしかなりません。違う環境に身を置く、違う感性に触れる、あるいは音楽や芸術に触れることで、その方の違う側面が表出します。それを見ないといけないんです。

つい最近も、事業所に電子ピアノを持ってきたんですが、それを見た瞬間に積極的になって、普段は苦手な会話が違和感なくできた人がいました。そういう力があるからこそ、文化芸術をイベントに取り入れるようにしているんです。

―関係性をずらす・失敗を裁かない

―北山さんたちが企画しているイベントは、一見すると、音楽やスポーツをシンプルに楽しむものに見えますが、かなり綿密に障害福祉のメソッドを企画の中に織り込んでいます。北山さんによれば、1つは「立場を逆転させる」ということ、もう1つが「承認ポイント作る」ということ。それがイベントに生かされ、障害のある人たちの自信の回復に繋がっているのです。

北山 障害福祉において一番重要なのは障害のある方たちの自信の回復です。心に障害のある方は、どうしても「自分はこれができない」と卑下してしまいがちで、それが新しいことへのチャレンジの機会を奪ってしまったり、家に引きこもらせてしまう原因にもなっているんです。でも、逆に言えば少しずつ自信を取り戻し、自分にもこんなことができた、これをして喜んでもらえたと、そういう体験を繰り返していくことで、少しずつ自分を認めることができるようになり、それが自立に繋がっていく力になります。

そこで意識しているのが、立場を逆転させるということです。教る人と教えられる人というような従属的な関係を作るのではなく、いつもは支援される側にいる人たちがイベントでは支援する側に回るといったような局面を作る。そのことで自信を取り戻すきっかけを作るわけです。前段でも話しましたが、新しい一面を発見するということでもあります。いつものカリキュラムでは冴えない表情をしている人が、楽器を持った途端に元気になって、コミュニケーションが円滑になり、いつの間にか子供たちに楽器を教える側に回ってしまう。お客様をもてなす側に回る。そういう逆転を作っていく。これが大きな自信に繋がるんです。

自信を取り戻すという意味では、失敗が許される環境を作ることも大事です。失敗ではなく成功、できたことを認め合う場を作るということです。どんなに単純なことでも、どんなに簡単に見えることでも、障害のある人たちにとっては大きなチャレンジなんですね。例えば、ずっと家に引きこもっていたような人は、イベントに参加したということだけでもすごい進歩です。だから「イベントに来れたじゃん、すごいじゃん」とそれを認める。そういう小さな成功体験、小さな自己承認を積み重ねていく必要があります。

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ごちゃまぜイベントは子どもの姿が目立つ(左)。同法人では清掃活動「グリーンバード」(右)にも取り組む。

障害福祉の中に、業務の切り出しというものがあります。障害のある人にもできるよう、仕事を細分化していくというものです。例えば、みんなで椅子を1 つ作るというとき、それぞれが1脚ずつ作るのではなく、作業を細分化して、木を切る人、ヤスリをかける人、釘を打つ人、というように切り出していくわけです。すると、何かしら障害のある方にも関われる仕事が生まれます。このような業務の切り出しを地域の企業に依頼するのも私たちの仕事です。切り出しによって仕事が生まれ、それによって僅かでも報酬を得ることができれば、働く喜びが生まれ、大きな自立につながるからです。

その意味で、上手下手を競わない生涯スポーツや、みんなで即興的に音楽を楽しんだりする文化事業は障害福祉ととても親和性が高いように感じます。それだけ自己承認の機会があるということです。これは文化芸術の持つ大きな効能ですよね。即興演劇のワークショップなどでも「失敗していい」という環境を作ることが重要だと聞いたことがあります。文化事業は、障害福祉にも繋がる懐の深い事業なのだと思います。

―地域と関わってこその障害福祉

―北山さんたちは今年から組織をNPO法人に変えました。障害福祉サービス事業だけでなく、地域づくり事業を展開するためのNPO化だと北山さんは言います。NPOにすることで、地域の担い手を理事として組織に迎えることができるようになったり、自治体の助成金などが活用しやすくなったりと、様々なメリットがあるからだそうです。しかし、障害福祉の事業所なのに、なぜそこまで「地域」との関わりを目指すのでしょうか。

北山 地域でイベントをやって、それが障害福祉とどういう関係があるの?  とよく聞かれるんですが、地域づくりはとても大事です。なぜなら、障害のある方が仕事に就いたら、彼らと一緒に接するのは普通に生活しているみなさんだからです。障害福祉に関わる人間や、障害のある人たちを雇う経営者だけが福祉を理解していればいいというわけではありません。地域全体の福祉力を上げていかないと、本当の意味で障害のある人たちの自立した生活を実現することはできません。ですから、地域の人たちを「ごちゃまぜ」のイベントに巻き込み、障害を障害とも思わないような地域を作っていきたいんです。

ただ、僕たちは音楽や芸術の専門家ではないので、地域のミュージシャンやアーティストに協力を仰ぐことになりますが、そのような協働や共創によって、地域の人たちとのコラボレーションの機会が増えていきます。先日行った音楽イベントでは、いわき出身の音大生や美大生が企画に関わってくれました。そうやって地域の人たちとコラボレーションしていくうちに面白い企画やイベントが生まれ、地域の担い手が関わってくれることを通じて、少しずつ地域の人たちが参加してくれるようになる。するとこれはもう障害福祉ではなくて、まちづくりなんです。

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地域と関わらなければ福祉にはなり得ないと北山さん。

音大生や美大生は、私たちにとっては表現の達人ですが、同時に、彼らにとって僕たちは福祉のプロです。つまり、僕たちのごちゃまぜイベントは、表現に関わる人たちが障害福祉のメソッドを学ぶ機会にもなっているということです。福祉の人材教育も兼ねているわけですね。このように、文化芸術というものを媒介にして、異なるジャンルの事業を接続していくことが重要だと思います。文化芸術の振興が、障害福祉の充実、地域の人材教育の推進、ひいてはまちづくりにもいい効果をもたらすということではないでしょうか。

―文化芸術の力を借りて、地域をごちゃまぜにしていく

―これまで毎月のようにごちゃまぜイベントを開催しているソーシャルデザインワークス。イベントを継続して開催できる背景には、独自の評価基準があるようです。何をもってイベントの成功とするのか。そこには、障害福祉ならでは考え方にプラスされた、北山さんの理念がありました。そしてその理念は、既存の文化政策や事業に対する新たな視座を与えてくれます。

北山 毎回イベントを行った後にはアンケート調査をするようにしていますが、イベントが成功だったかどうかは、参加者の心に何が起きたのかを見極めないと判断できません。自信につながったとか、少し気持ちが前向きになったとか、新しいことにチャレンジしたくなったとか、あるいは、それによって支援の方法が充実したとか、そういう声が出てきたら成功だと思います。しかしいずれにしても、やはり一人ひとりの心の中に起きたことにじっくりと向き合わなければ、効果があったかどうかは分からないんです。

もちろん、イベントに何人集まったかというのは重要だとは思います。でも、実際に千人の人が参加しても、それが自信の回復や、立場の逆転や、ごちゃまぜの普及につながらなければやる意味がありません。人の心に何が起きたのか、そこに向き合うのが僕たちの仕事ですから、当然、自分たちの企画するイベントも同じようにして参加者の心に向き合わなければならないと思っています。

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就労移行支援業務の傍ら地域で様々な企画を実施しているソーシャルデザインワークスの皆さん。

評価基準はもう1つあります。地域との関わりが増したかどうか。僕たちのイベントは地域づくりのイベントでもあるので、イベントによって新たなコラボレーション先が生まれたり、新たな企画が生まれたり、次に繋がる動きを出していきたいと思っています。ふらっとイベントに参加してくれた人が僕たちの理念に共感してくれて、こんなイベントをしようと企画を持ち込んでくれたり、普段のカリキュラムの講師として参加してくれたり、地域の皆さんとの新たな接点が生まれる。それも評価したいですね。なぜなら、地域の人たちの接点が増えれば、それだけ障害に対する理解も深まるということになるからです。

地域の人たちが繋がって、障害に対する理解が深まり、多様性が守られていく。そういう社会は、きっと障害のある方にとって暮らしやすい社会だと思いますし、障害のない人たちにとっても暮らしやすい社会もあるはずです。地域をごちゃまぜにしてくことで、僕はそれが実現できると信じています。そして、文化芸術には、多様な人たちをごちゃまぜにしていくという力があると思います。

人々のあらゆる垣根を払い、ましてや障害のあるなしなんて関係なく、みんなで表現を楽しみ、認め合う。そういう場を作ることができるんですね。つまり、文化や芸術には、地域全体をごちゃまぜにする力があるということなんです。それは政策の面でも同じはずです。障害福祉も教育も観光もまちづくりも、いろいろな地域の取り組みをごちゃまぜにしてしまう力が、文化政策にはあると思います。そういう力を地域に波及させて初めて、いわきが真に多様性を受容できる「ごちゃまぜな街」になっていくのではないでしょうか。

 

profile 北山 剛(きたやま・つよし)
NPO 法人ソーシャルデザインワークス代表理事。1979 年いわき市内郷生まれ。東北大学大学院情報科学研究科修了。
2005年12月、障害福祉事業を柱とする株式会社LITALICO の創業メンバーとして参画。
2017年現在「諦めのない社会を創る」というビジョンを掲げ、
障害のある方や生きにくさを抱える方々に向けた自立訓練・就労支援サービス事業を軸に、
多様なごちゃまぜの世界観を地域の人たちと共創。全国の地方都市展開を目指している。

 

INTERVIEWmanaviva

夏井 芳徳さん(民俗学者/いわき市立いわき総合図書館 館長)

いわきは「シルクロードの最果て」である

いわき市内各地に伝わる伝統芸能や昔話などを長年にわたって研究している民俗学者の夏井芳徳さん。いわき総合図書館の館長を務める傍ら、地域史や民俗などについての調査、研究、発表などを行い、各地で開催されている地域学講座の講師としても、精力的に活動されています。その夏井さんに伺ったのは、いわきの歴史や文化の底流。夏井さんのお話をお聞きし、いわきの歴史や民俗を紐解いていくと、いわきが持つ文化の多様性や本質が見えてきました。

―いわきの伝統芸能と言えば、「じゃんがら念仏踊り」を思い浮かべる人が多いかもしれません。市内各地に伝承をしている団体があり、夏のお盆になれば、あちこちで哀愁のある鉦の音、そして、太鼓の音が響き渡ります。最近では県外でも披露されることが増え、いわきを代表する伝統芸能としてすっかり定着してきました。いわきの伝統芸能として、「じゃんがら念仏踊り」と双璧を成すのが三匹獅子舞です。いわきの獅子舞は、現在でも市内の40もの地区で行われており、神社の例大祭などで奉納されます。市の無形民俗文化財にも指定されています。まず、夏井さんに伺ったのは、いわきの獅子舞について。夏井さんによれば、獅子舞にこそ、いわきの文化の底流が見て取れると言います。

夏井 いわきの獅子舞は「風流の獅子舞」とも言われます。風流と書いて「ふりゅう」と読みます。風流というのは中世末期頃などに発達した日本古来の伝統芸能の流れを汲む芸能です。よく見られるお正月の神楽獅子(長獅子)などは、2 人以上で1頭の獅子に入り、舞を舞います。この神楽獅子は大陸からの、外来の文化の影響を強く受けていると言われています。これに対して、「風流の獅子舞」は1人の人間が1つの獅子頭をかぶり、舞を舞います。いわきの獅子舞は、この風流の系統の獅子舞、日本のオリジナリティの強い獅子舞です。「風流の獅子舞」が分布しているのは長野県から青森県までの東日本で、西日本には分布していないんです。

日本の文化は、基本的には大陸の影響を受けたものが多くあります。中国とか、朝鮮、さらにはシルクロードの西域の方とか。特に、西日本は影響を強く受けています。「風流の獅子舞」は、そうしたシルクロードの文化や大陸の文化の影響をあまり受けずに発達した、いわば日本のオリジナリティの強い文化の産物です。「風流の獅子舞」が発達したのは、中世以降と言われていますが、西日本はシルクロードの文化や大陸の文化の影響を受けたものが色濃く分布し、風流の獅子舞などは取り入れられなかった。しかし、東日本はそうではなくて、日本のオリジナリティを色濃く持つ「風流の獅子舞」が受け入れられ、それがずっと伝承されてきました。

いわきを代表する伝統芸能「風流の三匹獅子舞」。
いわきを代表する伝統芸能「風流の三匹獅子舞」

夏井 いわきはシルクロードからもっとも遠く離れた地、シルクロードの最果ての地ということができます。シルクロードの文化は北九州のあたりに入り、関西あたりまで伝播し、そこからは京都や大阪を中心に全国に伝わりました。海運を通じて日本海地域に伝わり、日本海経由で太平洋の方まで回り込み、青森県の八戸や岩手県の宮古あたりにまで伝わっています。一方、関西から太平洋経由で、江戸や銚子のあたりにも到達します。しかし、その先はあまり伝播せず、宮城県から福島県、茨城県のあたり地域は、シルクロードの文化の影響をあまり受けていない、言い換えれば、日本古来の、独自の伝統文化が色濃く継承された地だといえます。

東日本では、それぞれの県に「風流の獅子舞」が伝承されていますが、いわきでは1つの市のなかに複数の系統の獅子舞が伝承されていて、このような地域はそう多くはありません。いわきの獅子舞の系統を見ると、太鼓を腰につけて舞うもの、太鼓を腰につけないものなどがあり、いわきの北部では、平地区などの平野部と三和地区などの山間部で系統が違いますし、市の南部だと田人地区が異質な獅子舞の系統を伝えています。1つの市のなかにさまざまな系統の獅子舞がある。これは稀なことです。まさにいわきの文化の多様性、面積の広さの現われです。

おそらく、江戸時代、別々の藩に細分化され、それぞれの藩による支配が行われたことが、こうした状況を作り上げたのではないかと思います。戦国時代には岩城氏という戦国大名が治めていたいわきは江戸時代以降、磐城平藩、湯長谷藩、泉藩など、多くの藩に分かれました。田人地区は棚倉藩でしたし、笠間藩領や多古藩領、幕府領もありました。さらに、周辺地域から文化の影響もあります。田人地区あたりだと、棚倉とか南の方も影響がありますし、三和地区とか川前地区だと中通りからの影響があります。平地区だと、福島県の中通りからの影響は受けず、海沿いの文化、海を伝わってくる文化の影響を受けます。いわきは1つの市でありながら、それぞれの地域は別の、様々な地域の文化の影響を受けてきたわけです。

―バラバラが文化に多様性をもたらす

―いわきはシルクロードの最果ての地である。したがっていわきの獅子舞には、日本古来の文化が残されている。そのような視点で獅子舞を見ると、見え方や価値が変わってくるようにも思えます。さらに、その日本古来の文化に、いわきの「バラバラ」が多様性をもたらしていたということも、重要な視点です。江戸時代の小藩が乱立するという統治体制が、奇しくも文化に豊かさと多様性をもたらしていたということです。では、いわきの伝統芸能のもう片方の雄「じゃんがら念仏踊り」には、そのような特徴はあるのでしょうか。夏井さんに伺うと、「じゃんがら念仏踊り」は「地域の人たちの熱意によって残された」と言います。実は、過去に何度か禁止令が出され、存続の危機に見舞われていたのです。

夏井 いわきに暮らす人たちの熱意によって、主体的に守られてきたものが「じゃんがら念仏踊り」だと言えます。日本のほかの地域でも、過去には「じゃんがら念仏踊り」に類する念仏踊りがありましたが、それらの地域では「じゃんがら念仏踊り」が失われてしまいました。いわきの「じゃんがら念仏踊り」は、江戸時代の初めや明治時代の初め、藩や県から禁じられたこともありました。しかし、いわきの人たちが「じゃんがら念仏踊り」を守り、続けてきた。「じゃんがら念仏踊り」はそういう歴史を持っているんです。

でも、これほどいわきでは有名な「じゃんがら念仏踊り」も、他県ではあまり知られていません。いわきの「じゃんがら念仏踊り」は非常にオリジナリティが強いと言えるかもしれません。他の地域にも念仏踊りはありますが、お経を唱えて、太鼓を叩いて動くといった程度のものが多いんです。また、歌を歌って踊るという盆踊りもありますが、それが「じゃんがら念仏踊り」のように念仏踊りと盆踊りが一緒になっているものは極めて珍しいと思います。「じゃんがら念仏踊り」はそれを伝承している団体が市内には百団体以上あり、それぞれに、少しずつ、踊りやリズムが違います。実に、多様なのです。いわきの文化の多様性のルーツは400年くらい時代を遡らなければ見えてきません。そのくらいまで遡ると、伝統芸能も、伝承も、実に表情豊かなものが見えてきます。

ところが、いわきの歴史というと、常磐炭鉱の歴史など、明治以降の新しい歴史が語られることが多いです。確かに、常磐炭鉱の歴史は重要だと思いますが、いわきのいわきらしさを考え、見つけるには、常磐炭鉱の時代に積み上げられた歴史の地層をめくり取って、江戸時代のいわきを見たり、もっと遡って、関ヶ原の合戦以前の中世のいわきの歴史を見る必要があると思います。

いわきはシルクロードの最果てだと語る夏井館長。
いわきはシルクロードの最果てだと語る夏井館長。

―1つの市であることが個々の文化に「連携」をもたらす

―獅子舞も、「じゃんがら念仏踊り」も、江戸時代、いわきが小藩に分かれ、支配されていたからこそ多様なものになった。しかし、そうであるのならば、今のような「1つの自治体」として存続するよりも、合併前の状態のほうが理想的だということにはならないのでしょうか。それを伺うと、夏井さんはバラバラを抱えてもなお1つの自治体だからこそ、様々なメリットがあると言います。そして、そのメリットは新たな文化の形成にも役に立つはずだとも言います。

夏井 昔話や伝承などの調査を行う時、いわき市内のいろんな地域に出向きますが、同じ市だということで、前置きなしに、比較的簡単に調査に応じてもらえます。また、海とか、山とか、まちとか、いわき市内の多様性に満ちた様々な地域を容易に比較することもできます。もし、田人地区と三和地区が違う自治体だったら、教育委員会に話を通したり、それぞれの地域の研究者などに説明したり、地元の人たちに了解を得なくてはなりません。でも、いわきは一つの自治体ですから、「平から来た」といえば、それで話が通じます。そういうわけですから、山の話と海の話を比較したり、勿来地区の話と平地区の話を結びつけて考えるのも容易です。

別の市町村だと、本当に時間や手間がかかります。例えば、いわき市の勿来地区には、江戸時代、参勤交代の旅の途上、相馬藩の殿様が九面の海を泳いでいたサメに矢を放ったところ、矢がサメの頭に命中。その後、勿来地区を流れる鮫川と平地区を流れる夏井川で、サメから仕返しの攻撃を受けるという昔話が伝えられています。もし、いわき市が合併せずに、平地区と勿来地区が別の市町村のままだったら、私はこの物語に出会っていなかったかもしれません。市町村の合併によって、いわき市が誕生したため、勿来地区の昔話にも容易にアクセスができ、このような昔話を知ることができたのだと思います。

郷土史家として、いわきの多様な歴史を発掘、発信している。
民俗学者として、そして郷土史家として、いわきの多様な歴史を発掘、発信している。

夏井 戦国時代の岩城家や江戸時代の鳥居家の領地は、現在のいわき市の範囲よりも広くて、北は富岡あたり、西は古殿町あたりまでありました。ですから、その当時のいわきのことを調べるためには、双葉郡の南半分、さらには古殿町あたりまでのことを調べ、知識を身につける必要があります。今から50年前に、大きなまち、いわき市が誕生し、そこをフィールドとして、歴史を調べたり、文化の有り様を考えていくのは、豊かな多様性があって、相互を比較することもできて、大変、面白く、興味深いです。いわきという地域はそれぞれの地区ごとに個性やオリジナリティを持っていて、そのようなものがあるために、いわきは面白い、魅力的なものになっているということができると思います。

でも、一つの「いわき」として、一括りにしてしまうと、味気のないものになってしまうのではないでしょうか。自治体としては一つだけれど、勿来や平、四倉などと、それぞれの地区は、それぞれに固有の歴史や文化を持っている、そういうことを尊重し、認め合うことによって、合併のメリットというものが生きてくるのではないでしょうか?

いわき市は1つだ、いわき市全体を理解しようというのはなかなか難しいことです。私だって、小名浜だ、勿来だと言われても、土地勘はあまりないですし、大づかみなことはわかりますが、細かいところまでは知りようもありません。それぞれの地域の人たちが、それぞれの地域のことを知る。そして、次第に、それを拡張していく、そんな考え方でいいのだと思います。小名浜のことに詳しい人、平のことに詳しい人、湯本のことに詳しい人、そういう人に出会ったり、交流したり、情報を共有できる仕組みがあれば、いいのではないかと思います。多様性を認め、それを強みにする、そのような視点が、広域なまち、いわきには大切だと思います。

夏井さんが講師を務める市民講座は大人気。軽妙な話しぶりで、楽しく、いわきの歴史を伝えている。
夏井さんが講師を務める市民講座は大人気。軽妙な話しぶりで、楽しく、いわきの歴史を伝えている。

―人を育てる地域学講座

―確かに、いわきはバラバラだと、いわき市が誕生して50年を迎えた今でも、そのような声を聞くことがあります。一方、震災を契機に、地域での防災や助け合い、支え合いなどが見直され、そのなかで、それぞれの地域を見直し、学習しようと、そのような取り組みも始まりました。その1つが地域学講座。まず、内郷地区で、内郷学講座が始まって、続いて、好間学、常磐学、平学、そして、四倉学、小名浜みなと学など、次々にスタートして、小川学も開講になりました。夏井さんは、このような地域学講座をどのように評価しているのでしょうか。

夏井 今まで、このような市民講座はあまり開かれていませんでした。むしろ、いわき全体をテーマとして扱うような動きが主流でした。でも、大震災の後、それぞれの地域の歴史や成り立ち、魅力、独自性などを発掘し、皆でそれを共有しようという動きが出てきています。これは良いこと、望ましい動きだと思っています。異なるものを持ったものが集まると、さまざまな力を発揮することができますし、それが新たな魅力にもなります。その意味でも、各地で始まった地域学講座は、今後もずっと続けられるべきだと思います。

それから、地域学講座の内容ですが、毎年毎年、新しいテーマ、新しい講座を取り入れる必要はないと思います。大体、3年ぐらいを一つのスパンとして、同じようなことを繰り返してもいいのではないかと思います。いいえ、むしろ、そうすべきなのではないかとも思います。次から次へと新しいことに向かって進んでいくのでははく、何度も、何度も、繰り返し、少しずつ進んでいくことも大切だと思うのです。そのような取り組みを20年、30年とやっていくことで、地域のまちづくりを担う人材や文化活動などを担う人材が育っていくのだと思います。このような取り組みがあって、それを土台にして、いわき市全体のことが進んでいく。そうなれば、広域ないわき市の魅力も発揮されていくことになるのではないでしょうか。今後、このような場をどんどん作っていく必要があると思います

profile 夏井 芳徳(なつい・よしのり)
1959年12月、福島県いわき市平生まれ。1983年3月、京都大学文学部国語学国文学科卒業。
1999年4月、いわき明星大学人文学部現代社会学科非常勤講師。
2014年11月、「石熊村キツネ裁判―『三川タイムス』取材ノート」で第67 回福島県文学賞(小説・ドラマ部門)正賞受賞。
2015年4月、いわき明星大学客員教授。いわき地域学会副代表幹事、いわき総合図書館館長。